- ナノ -
何の因果か男を抱え、帰宅する羽目になった。救急車を呼ぼうとしたが、鳥──グリフォンに空腹で倒れているだけだと止められて、渋々家へと連れ帰った訳だ。

暫く目覚めそうにない男をベッドに寝かし、俺はソファで一夜を明かす羽目になった。


毎日、同じ時刻に鳴る携帯のアラームに起床を促される。手を伸ばし、テーブルにある携帯を掴み、画面を操作してアラームを止めた。寝慣れない場所で寝たせいで身体中がバキバキだ。肩と首を軽く解して、俺は朝のルーティンをこなすべく立ち上がった。

「よう!イオリちゃん!早い起床じゃねぇか!」

「……夢じゃなかった……」

狭い室内でも器用に飛んできた瑠璃色の鳥、基グリフォンに俺──イオリはげんなりとする。鳥だから起床は早いのか、はたまた睡眠なんて必要ないのか、どちらにせよ朝からけたたましい。

「アァン!俺は悪夢ってか!?強ち間違いじゃねぇけどな!」

理解しがたいことを言ってケラケラ笑うグリフォンを放置して、洗面台へ向かう。その途中で自室を確認した。男はまだ眠っているようだった。彼が起きる前にさっさと顔を洗って、朝食を作ろう。起こすのはそのあとだ。

冷水がぼやけた意識をはっきりとさせる。用意しておいたタオルで顔を拭く。情けない顔をした自分と目があった。
昨日の夜風呂に入る時に鏡で自分を見てぎょっとしたのを思い出す。全身真っ赤に染まっていて意識が遠退きかけた。すんでのところで堪えたが。結局あのトカゲモドキも含めて昨夜の出来事は夢ではなかったのだ。

ふぅ、と息を吐き出し、使用済みのタオルを洗濯かごに投げ入れてからイオリはリビングに戻った。

隣接しているキッチンに入り、冷蔵庫の中身を確認する。休み前の買い込みのお陰で食材に関しては問題無さそうだ。昨日の夜無造作に突っ込んでいたコンビニの袋の中身を取り出して、ドアの収納に並べた。

とりあえず朝食は定番でいいだろう。食パンを二枚、トースターに放り込み、フライパンに油を引いて卵を割った。


サラダとトーストと目玉焼き。それからブラックコーヒー。それがイオリの定番の朝食だ。それらをトレイにのせてテーブルへ運ぶ。グリフォンはテーブルの縁に器用に留まると料理を興味ありげに眺めていた。

「じゃあ、俺は起こしてくるから……勝手に食べるなよ?」

「安心しろよ、俺はそんな草は食べねぇ」

念押ししてから、俺は男を起こすために自室に入った。眠ったままの男の顔を覗きこむ。彫りが深く、鼻筋の高いキリッとした顔つきだ。目の下の真っ黒な隈さえなければ完璧だったろう。
──と、そんな男の顔面偏差値評価はさておいて。そろそろ起こさねば折角の朝食も冷めてしまう。

「おい、起きろ」

「……っ」

何度か肩を揺すると男は薄く目を開ける。微睡むように二、三、瞬いてから、俺の姿を見て身体を起こした。

「お前は……」

「ご飯出来てるから、起きれそうだったらリビングに来てくれ」

「何故、俺を」

「お前んとこの鳥に脅されたんだよ……」

男の疑問に懇切丁寧に答えてやると、納得したようだった。

男を連れてリビングへと戻った。並べられた朝食に問題はない。つまみ食いの心配は杞憂にすんだようだ。

「随分寝てたなぁ、眠り姫ちゃん?」

「黙れ。うるさい」

寝起きにキンキン声が不快だったのか、男は眉間を押さえながら鬱陶しそうにグリフォンを睨んだ。

とりあえずソファに座るよう、促す。生憎、家には二人掛けのソファしかなく、野郎二人で仲良く並んで食べることになるがそこは我慢してほしい。

「口に合うかはわからないが……味付けが足りなきゃ適当に足してくれ」

「あぁ、悪魔の肉よりはマシだ」

……うん。日本語でおけ。今更何があっても驚かないが、頼むからオカルトチックな発言は止めてほしい。理解が追い付かない。

男は余程お腹が空いていたらしく、あっという間に完食していた。やや粗雑な食べ方が気にはなったが、男の腹が膨れたならそれで良しとしよう。

二日目。

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