- ナノ -
あぁ、疲れた──。ネクタイを緩めながら、薄暗い夜道を歩く。時刻はもう12時を指そうとしているところだ。月末の仕事の多さは毎度の事ながら嫌になる。その分給料はしっかり貰えるから文句はあまり無い。金と休みさえ貰えればそれでいい。

明日は公休日だ。家を出なくても良いようにしっかり買い置きもしてあるし、コンビニで今日の分のビールも調達済みだ。それに休日を有意義に過ごすための通販していた本も受け取り済みだ。

「へへ、楽しみ……」

本の入った袋を抱き締めて、にまり。ずっと欲しかったかの有名な詩人ウィリアム・ブレイクの詩集だ。しかも挿し絵付き。中古本だが中々値落ちせず、悩んでいたが先週酔った勢いで購入ボタンを押した。いい金額だったが後悔はしていない。
脳内で帰宅後の予定を組み立てながら、誰もいないのをいいことに上機嫌で鼻唄を奏でる。

「ふんふんふふふふーん……」

街灯の少ない公園に差し掛かった時だった。ぐちゃり──上機嫌に水を差すようにように不気味な音が鼓膜を震わせた。水気の含んだ重いものが地面に叩きつけられたような、そんな音。上がっていたテンションが一気に萎むのを感じながら、速くなる鼓動を落ち着かせるために深呼吸をした。

(いやいや、落ち着け。公共の場所なんだから人くらいいるだろ……)

買い物帰りの誰かがうっかり卵か何かを手落としてしまっただけだ。脳内BGMで"おばけなんてないさ"大声verを流して、早く公園を抜けようと歩幅を大きくした。

ぐちゃ。

(気のせいだ……)

どちゃ。

気のせ──べちゃっ。

「は?」

突然、顔面に何かが降りかかった。鼻につく鉄さびの臭い。それと──ちろちろと揺らめく街灯の明かりに"何か"が照らされる。ぶよぶよとした巨大な肉塊が血の海に浮かんでいた。

"何か"は形容しがたい貌をしていた。

強いていうなれば、頭の丸いとかげだが、その口らしき箇所からは触手のような物が2本飛び出している。それだけでも十分理解が追い付かないのに、そのトカゲモドキに黒豹が食らい付いているのだ。

「ひぇっ……!?」

黒豹の赤い瞳が此方を射抜いた瞬間、俺の意識は弾けとんだ。

ファーストコンタクト

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