- ナノ -

龍が如く1

33:夕闇


組長室の応接用のソファで膝を抱えて座る。今、錦山はちょっとした用事で席を外しているため、部屋にはアスカ一人だけだ。しんと静まっている事務所は考え事をするにはうってつけだった。

ぼんやりと虚空を見つめて、これからのことを考える。桐生に会って、謝罪して気持ちが少しは楽になったからだろう。アスカの心は以前よりも自分を取り戻していた。自己分析だからあまり信用はできないが、一応はこうして冷静に思考できている。

美月、遥、アレス、100億、ペンダントーー自分が幽閉されている間に随分と色んな事があったようだ。昨日のセレナでの会話で今、東城会で何が起こっているのかある程度は把握できた。

自分がどうするべきかを考える。もしかしたらアスカにできることなんて無いのかもしれない。それでも何かせずにはいられなかった。桐生と錦山はアスカにとって、大切な親友だったから。

「俺は……どうすればいいんだろう」

ひとり、ごちる。目を伏せて、傷だらけの手を握りしめた。


神室町が夕日に染まり、にわかに騒がしくなってきた頃に錦山は事務所に帰ってきた。ついうたた寝をしてしまっていたようで、錦山に名前を呼ばれてアスカは目を覚ます。目を擦りながら、顔をあげる。

「起きたか?アスカ、こっちに来い」

何か計画が上手くいったらしく、錦山は機嫌が良さそうだ。呼ばれるがままに錦山に近づくと腕を引かれた。腕を掴まれて心臓がどくりとしたが、想像していた悪い事は起きず、ただ回転させられて錦山の膝に座らされただけだった。背後から抱きしめられ、後頭部に顔を埋められる。その擽ったさに身を捩ると錦山が小さく笑った気配がした。

伝わる気持ちは落ち着いていて、優しげで、まるで昔の錦山と居るみたいな気持ちになる。西陽に照らされて過ごした僅かな一時は酷く穏やかだった。

不意に錦山の胸元から着信音が響いた。穏やかな空気を切り裂くそれに気分を害したのか、錦山は舌打ちをして電話に出る。

「どうした、麗奈」

どうやら電話の相手はセレナのママである麗奈だったようだ。麗奈が桐生の動向を錦山に洩らしているのは知っている。今回もきっとその件だろう。電話の向こうの声は聞こえないが、サイコメトリーの力で錦山を通じて話の内容を読み取る。

「今からセレナに?……あぁ、わかった」

話したいことがあるから来てほしい。と。わざわざ呼び出してまで話したいこととは一体なんなのだろう。首をかしげていると、両脇に腕が入れられて立ち上がらされた。

「行くの?」

「あぁ。どうしても来てほしいらしい」

錦山はネクタイを締め直し、コートハンガーに掛けていたジャケットを羽織る。それからアスカの分の黒いジャケットを投げ渡してきた。取り落としそうになりながらも、上手くキャッチしてジャケットに腕を通した。

「行くぞ」

錦山の後を追いかけてアスカも同じように部屋を出た。

先日と同じ道を歩く。ひやりとした空気が頬を撫で、寒さに身体を震わせた。吐息は白く、しきりに手を擦っていると横から手が伸ばされる。

「彰?」

繋がれた手はアスカと同じように冷たかった。けれど、少しでも暖めようとして繋いでくれた気持ちが嬉しくて、手を握り返した。



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