龍が如く1
31:拷問
世良の葬儀から、錦山はアスカをあの地下室から出すようになった。常にアスカを側に置き、つれ歩いた。それはもしかしたら桐生への誇示だったのかもしれない。
事務所の組長室、来客用の上等な黒い革張りのソファに、アスカは膝を抱えて小さくなって座っていた。時折報告にくるアスカのことを知らぬ組員が訝しげな顔をするものの錦山の眼光に負けて、そそくさと退散していく。
ちらり、と視線を横に滑らせる。木製のデスクに積まれた書類を確認したり、何かを紙に書き込んだり、と錦山はきちんと仕事をこなしているようだ。ただ上手くはいっていないのか眉間にシワを寄せて不機嫌そうにしていたが。
「すみません、親父……捕まえた女の件ですが……」
「何だ?」
「その……」
組員が一人、おどおどとしながら入ってきた。じろりと錦山に睨まれて組員は言葉を濁す。
「ハッキリ言いやがれ!テメェは無能か!」
煮え切らない組員に苛ついたらしく、錦山は両手をデスクに叩きつけて立ち上がった。けたたましい音と怒鳴り声に一瞬呼吸が止まる。組員がひぃ、と喉をひきつらせて、一歩退いた。
「は、はい!!拷問していた連中がへましたみたいで……!!」
「……!」
拷問。不穏な単語が聞こえた。不安が胸を過り、手に力が入る。
女を拷問なんて、酷い。以前の錦山ならそんなことをしなかった。もっと心優しかった。昔を思い出して、今を絶望する。
「……へま、だと?」
「は、はい……」
舌打ちが聞こえた。おい、行くぞと声をかけられてアスカは跳ねるように椅子から立ち上がる。いつの間にか目の前にいた錦山に戦きながらも、アスカはその冷えきった瞳を見上げた。底の見えない深淵のような薄暗い瞳が怖くなって、すぐに視線を落とす。
「アスカ、」
顎を掬われて、顔を上げさせられる。アスカの顔を覗きこみ、安心するかのように表情を和らげた。だが、それも一瞬だけですぐに元に戻り、腕を掴まれる。
腕を乱暴に引っ掴まれて、引きずられるようにして連れていかれた先は、少し前までアスカが閉じ込められていた地下の部屋だった。錦山は力任せに扉を開けて、中へと入るなりアスカを部屋の隅に投げ捨て、ベッド脇にいた組員二人に大股で近づく。錆び付いたベッドには青白い顔をしたショートヘアの女が寝かされていた。胸は上下していない。
「あ、親父。すみません。この女、結局口を割りませんでした」
「誰が殺せと言った……?」
「ーーっぁ……!」
眉間に一発。至近距離で撃たれた組員が衝撃で吹き飛んだ。もう一人の組員が怯えたように尻餅をつき、錦山に謝罪する。しかしーー
「由美の妹なんだぞ!誰が殺せと言った!?誰が言ったんだ!!」
錦山は止まらなかった。何度も何度も響き渡る銃声にアスカは頭を抱えて震える。銃弾を撃ち尽くすまで、錦山は引き金を引き続けた。乱暴に撃たれて血飛沫が飛び散り、部屋は赤く染まっていた。鉄さびの臭いが鼻につき、赤い液体がアスカにも降り注いだ。あまりにも恐ろしい光景だった。
銃声は階上にも聞こえていたらしく、新藤が駆け込んできた。そして中の有り様を見て息をのむ。
「ぁあ……ああ……助けて……」
身体の震えが止まらない。無意識のうちに誰かに助けを求めていた。蹲るアスカに気づいた新藤が駆け寄り、皮膚に付いた返り血を拭い取る。大丈夫ですよ、という呼び掛けと背中を撫でる手に幾らか心は落ち着いた。短い呼吸を繰り返しながら、顔を上げて奥にいる錦山を見る。
錦山はイライラした様子で舌打ちをして、空になった銃を組員だった男に乱暴に投げ付けた。銃が跳ねて乾いた音を立て、床を滑る。へたりこんだアスカの爪先にぶつかって銃は動きを止めた。
「新藤!いつまでアスカに触ってやがる!?」
「はっ!す、すみません!すぐ、死体の処理にかかります……!」
怒鳴り付けられて新藤は弾ける様に立ち上がりアスカから離れた。
足元の銃を見つめる。今この銃で自分を撃てば楽になれるーーそんな想像が頭を過った。銃に手を伸ばしかけて、止めた。自殺なんて出来るほどアスカは強くなかった。
来いと錦山に呼ばれるままアスカはその背中を追いかけた。
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