- ナノ -

龍が如く1

30:刹那の再会


一人になって20分程度だろうか。ドアノブの回る小さな音にアスカは瞼を上げた。視線だけを動かして、入ってきた人を確認するーー錦山だ。何かしらが上手くいったのだろう、錦山は歪んだ笑みを浮かべていた。

「来い。場所を変える」

小さく頷いてのろのろと身体を起こし、錦山のそばへと歩み寄る。腕を引かれるままに足を動かした。

葬儀会場はにわかに騒がしくなっていた。組員の会話を耳に挟んだが、どうやら桐生がこの葬儀会場に紛れ込んでいるらしい。

10年前、錦山の親殺しの罪を被り、刑務所に入っていたアスカのもう一人の親友だ。その名前を聞いて真っ暗だったアスカの心にほんの少しだけ希望が芽生えた。もしかしたら桐生なら、歪んでしまった錦山を元に戻してくれるかもしれないと。

会場から離れた場所にある人気のない背の高い建物へ入った。無言で階段を上がり、一番上の階へたどり着いた。物置部屋らしく雑多なものがところ狭しと置かれている。あまり使われていないようで、部屋全体に薄く埃が積もっていた。

「その辺で大人しくしてろ」

言われるままにアスカは側にあった壊れかけの椅子へ腰かける。素直に言うことをきくアスカに錦山は満足そうに頷きながら、隅に置かれていた掃除用具入れからなにかを取り出した。

錦山の手にあるものを見てアスカはぎょっとする。銃身の長い銃……ライフルだ。もしかしたら錦山は桐生を殺そうとしているのかと不安が胸をよぎる。身体が勝手に震えだし、それを止めようと必死で両手を握りしめた。

「だ……誰を、う、撃つんだ……?」

カラカラになった喉から言葉を絞りだし、錦山に問う。どれだけ錦山が変わってしまっても、錦山が桐生を殺すことだけはしないと願っていた。

鋭い目がアスカを居抜く。

「ーー風間の親父だ」

「!」

ライフルをコッキングしながら、錦山は無表情で答えた。実際に会ったことは一度だけだが、風間がどういう人物かはその一回だけで十分に知っている。桐生や錦山の親代わりである、ということも。何故、と問うことは出来なかった。

錦山は開け放たれた窓から銃口を伸ばした。スコープを覗き、引き金に指をかける。

タァンーー

銃声が響き渡った。その音に肩を震わせる。アスカの意思とは関係なしに涙がこぼれた。

「お前はそれでも俺の側に居てくれるよな?」

硝煙の立ち上るライフルを片手に、こちらを見て錦山が歪な笑みを浮かべた。


錦山に腕を引かれるままに、建物を出た。桐生の侵入、そして風間が凶弾に倒れて、本部内は騒然としている。銃や長短の刀を持った男たちが目の前を駆けていった。

身体を震わせて、縮めながら錦山の影に隠れる。どうにも他人が怖くてたまらなかった。

「どうした?ほらこっちだ」

自分を頼ったのに気分を良くしたらしく、錦山は口角を上げた。穏やかな声色が鼓膜を打つ。錦山のこんなに優しい声を聞くのは久しぶりだった。

女性をエスコートするように優しく手を繋がれて戸惑いを隠せない。いつもはもっと乱暴に手首を掴まれて引き摺られるのに。

「ぁ……」

連れられた先は大門に近い石畳が敷き詰められた通路だった。黒いスーツの男達がその場を取り囲み、大声を上げている。何を取り囲んでいるのか、目を凝らし確認した。

その姿を見るのは何年ぶりだろうか。記憶よりも少しだけシワの増えた、その顔に何故だか涙が溢れそうになった。

(一馬……)

桐生は東城会直系の組長、嶋野と激しい戦闘を繰り広げていた。灯籠を振り回し、殴る蹴る。荒々しく戦う姿をアスカは固唾を呑んで見つめた。

圧倒的な強さで桐生は嶋野を退けた。嶋野の大振りの攻撃を素早い身のこなしで避け、カウンターを叩き込む。いくら頑丈な嶋野と言えど、何度も攻撃を食らえばただではすまない。脇腹を打ち据えられた嶋野は口から血を吐き出しながら、膝をついた。

嶋野が倒されて、取り囲んでいた組員達は呆然とする。誰もが嶋野の敗北を想像していなかったらしい。桐生は肩で息をしながらも、すぐに踵を返し正面玄関に駆け出していく。その姿をアスカは目で追いかけた。

「!」

何を思ったのか振り返った桐生と視線が絡み合う。驚いたように桐生が瞠目した。自然と足が一歩、前に出たが、それだけだった。握られた手首が乱暴に引っ張られて、視線がずれる。次の瞬間にはもう桐生はアスカを見てはいなかった。

桐生が上手く逃げおおせれたのかどうか、見ることなくアスカは錦山に連れていかれた。


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