- ナノ -

龍が如く1

27:龍の帰還2


side:桐生


力ずくでチンピラを屈服させるのに時間は掛からなかった。桐生の右ストレートを顔面で受け止めたチンピラは地面に尻餅をつき、荒い息を繰り返している。

久しぶりの戦闘で思うようには動けなかったが、そこら辺のチンピラに負ける程弱ってはいなかったことにほんの少し安堵した。

「ま、参った!アンタ何もんなんだ?」

「知らない方が身のためだ」

10年も経てば自分の顔を知らない人間もいるようだ。堂島の龍も今は過去の栄光に過ぎない。わざわざ見ず知らずのチンピラに教えてやる義理もないため、言葉を濁しておいた。

「お前の方こそ何やってんだ?」

「お、俺はこの辺の仕切りやってる親分さんから、見張り頼まれてんだよ。き、今日は殺人事件もあったし、アヤシイ奴がいたら、片っ端から声かけろって……」

ちょっと前までの大きな態度はどこへいったのか、チンピラはへこへこと頭を下げながら桐生の問いに答える。殺人事件なんて物騒な事が起きていたのか、と考えつつ桐生は当初の目的である情報屋の事を尋ねた。

「お前、この辺の情報屋の一人や二人、知ってんだろ?」

「え、えぇ、まぁ。今、この辺りで有名な奴は、青木って記者だよ。げ、劇場前の広場に今日もいた」

「分かった。……お前もう下手な真似すんじゃねぇぞ」

チンピラにしっかり釘を刺してから、桐生は劇場前広場に向かって歩きだした。


劇場前広場で見覚えのある人間を見つけて桐生は足早に近づいて声をかけた。メガネの冴えないサラリーマン風の男は桐生の姿を二度ほど眺めてから、思い出したようにあぁ!と声を上げる。

「桐生さんですか!?お勤めご苦労様でした」

どうやら青木は刑務所に入っていたことを知っていたようだ。長かったですね、と笑う青木に相槌を打ち、桐生は切り出した。

「ところで田村の奴はどこに行っちまったんだ?」

その問いに青木は顔を曇らせて口ごもり、少しの間をあけてから答えた。

「田村さんなら……5年前にお亡くなりになりましたよ」

「え!?」

思わず大きな声を上げてしまって、周囲の視線が一瞬桐生に集中した。ぐさりと突き刺さるそれに桐生は少しばかり身体を小さくする。
周りの視線が気にならなくなったところで田村は声を小さくして話し始めた。

「田村さん、10年前のあの日から、桐生さんの事件を追い続けてたんです。"絶対に桐生さんは親を殺すような人じゃない"って。記者でもないのに、強引な聞き込みとか繰り返してました」

"親を殺すような人じゃない"そう信じてくれている人がいた事にじわりと胸が熱くなった。

「まぁ情報を扱うものにとっちゃ、当然でかいネタだったんですが、ちょっと田村さんは普通じゃなかったですね。それで5年前、突然、田村さんが街から消えたんです」

ーーそして、一週間後、海からコンクリート詰めにされた遺体が上がったんです。

田村の最期を聞いて桐生は顔を歪めた。間接的に、とはいえ自分のせいで命を落としたのは辛い。

「俺も田村さんにご恩があるので、田村さんの代わりにこうして記者兼、情報屋になっているんです。……で、桐生さん、何か知りたい事はありますか?」

色々と知りたいことは多い。青木の申し出はかなりありがたかった。

「アスカを知らないか?」

「アスカさん……?」

「いや、間違えた。フクロウの事を知りたいんだが」

アスカの名前を出してから、青木の反応を見て慌てて言い直す。つい名前で訊ねてしまったが、アスカは仕事で本名を出していなかった。フクロウと聞くと青木は渋い顔をしながらも口を開いた。

「あの情報屋フクロウですか……。僕の聞いた話ではフクロウも5年程前あたりから連絡が付かなくなったとか……」

「何だと」

「伝手から電話番号入手して僕もかけてみたんですけど、ダメでしたね……。もしかしたらフクロウも田村さんの様に……」

青木の嫌な言葉に桐生は眉間にシワを寄せた。情報屋をしていたがアスカはフクロウの名前ほど顔の知名度はなかったはずだ。それにアスカはそれなりに強かったし、襲われても下っ端ヤクザやチンピラくらいなら負けないはずだ。しかし、不意打ちで撃たれたらーー?

嫌な想像が脳裏を過り、桐生は振り払うように頭を振った。

(大丈夫、生きている筈だ)

自分に言い聞かせるように、内心で呟いた。

青木と別れ、来た道を戻って教えてもらった通り、桐生はスターダストへ向かった。



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