龍が如く1
24:痛苦
何ヵ月が経ったろうか。もう月日の感覚は失くなってしまった。ただ昼夜だけはご飯のお陰で大まかに把握ができた。しかし、狭い部屋に幽閉され殆ど歩くことも、動くこともない生活。そして度重なる暴力、そして重ねられる身体にアスカは徐々に衰弱していった。
暇を潰す物は何もない。ベッドの上でアスカは抱えた膝に顔を埋めた。初めの頃は気持ちにまだ余裕があり、意味もなく身体を動かしたりしていたが、その気力も失くなってしまった。最近はただただベッドの上で座っているか、転がっているかのどちらかだ。
あまり動いていないからか食欲も出ず、今朝出された朝食は水を飲んだだけで他の物を食べる気にはなれず、そのままテーブルに置きっぱなしになっている。その内錦山の部下の新藤あたりが取りに来るだろう。
「一馬……俺、どうしたらいい……?」
膝に顔を埋めたまま、アスカはこの場にいないもうひとりの親友を想って独りごちる。このままで良くないのはわかるけれども、どうするのが最善なのかアスカの中に答えはなかった。
寒さに身体を震わせて、薄手の毛布を身体に巻き付ける。大して暖は取れないが無いよりはましだ。
「……!」
扉をノックする軽い音でアスカは顔を上げた。この控えめなノックの音は新藤だ。錦山ならノックをしない。
扉が軋みながら開かれて、想像通り新藤が入って来た。テーブルにある手のつけられていない料理に新藤は眉を下げた。
「アスカさん、また食べてないじゃないですか……」
「お腹空いてねぇんだ」
咎めるような視線から逃れるように顔を背ける。料理の乗ったトレイを持って、新藤がベッドの側まで歩み寄ってきた。
「そんなこと言わずに食べてください。アスカさんの具合を見るのも俺の仕事なんです」
枕をどけてトレイをベッドの上に置くと新藤はほら、と冷えきった雑炊を一掬い差し出した。そこまで食べたくはないが、口元まで持ってこられては嫌がるのも申し訳なくて仕方なく一口食べる。
可もなく不可もなく普通の味の雑炊だ。気分の問題もあって美味しいとは思えなかったが、咀嚼し嚥下する。もう一口を即座に用意されたが、顔を背けた。
「もう食べたから良いだろ……」
「一口は食べたうちに入りませんから」
「夕飯は食べるから、今はいい」
「……約束ですよ」
しぶしぶ新藤は引き下がった。下げられたスプーンに内心で安堵する。食べたくないのに無理に食べさせられると吐いてしまいそうだ。
新藤は一礼するとトレイを片手に持って部屋から出ていった。次彼が来るのは夕飯の時だ。独りだけになった部屋は静寂に包まれる。
シャツがしわばむのも構わず、胸元を握りしめた。目の奥が熱くなって、苦しくなる。
「……痛ぇよ」
囁くような掠れた呟きは誰にも聞こえないまま、虚空へ消えた。
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