- ナノ -

龍が如く1

22:狂悖暴戻


灰色の天井。首に付けられた首輪。首輪から繋がる鎖の先はベッドヘッドのパイプに括りつけられている。南京錠で止められていて鍵かキーピックでもなければ外せそうにない。幸い鎖はそこそこ長さがあるため、部屋を少し歩き回るくらいは出来る。流石に出入り口までは届かないが。

「っ痛……!」

太ももに走る痛みに呻いた。巻かれた包帯にうっすらと血が滲む。先日錦山に撃たれた銃創だ。きちんと治療をされていないため治りが遅い。幸い弾は貫通していたからよかった。弾が残っていたらもっと酷いことになってただろう。

包帯の上から傷口を擦りながら、アスカは部屋を見回した。窓もない、打ちっぱなしのコンクリートの部屋にはベッドや棚といった最低限の物しか置かれていない。切れ掛けの薄暗い蛍光灯がちかちかと瞬いた。

どうやらここは錦山組事務所の地下室のようだ。サイコメトリーで読み取ったが、あまり良くない思念がたくさん残っていた。拷問部屋として使用していたらしく断末魔や咽び泣く声が聞こえてここにいるだけで気分が悪くなる。なるべく聞かないように意識するものの、ゼロにするのは難しい。気を紛らわす物でもあれば良かったのだが、ここには何もない。勿論、ポケベルや携帯電話、財布すらもポケットから抜かれていた。

「ごめん……一馬、止めれなかった……」

あまり寝心地の良くないパイプベッドに腰かけて、アスカは重い溜め息を吐いた。ここにいない桐生へ届かない謝罪は虚しく消える。
鎖が擦れて動く度にじゃらじゃらと金属音を発して煩わしい。手足が自由なだけマシとはいえ、こんな薄暗い部屋に閉じ込められていると気が滅入った。時間の感覚は朝晩のご飯のタイミングで何となく把握はできているが、正確な時間までは分からない。

ギィ、と建付けの悪い錆びた扉が軋む。顔を上げると錦山がいた。撃たれてから顔を合わせるのはこれが初めてだ。

「彰……!」

「なぁ、アスカ。撃って悪かった」

痛かったよなーー謝罪をされて、アスカは困惑した。錦山はアスカの座るベッドの傍へ膝をつき、太ももに巻かれた包帯を撫でる。その優しい手つきとは裏腹に伝わる感情は不穏だった。

憎悪。怒り。嫉妬。それから愛ーー複雑に入り雑じった感情たち。向けられた強い感情が痛くて恐くなった。

「……俺も撃つつもりじゃなかったんだが、お前が反抗するから、つい、な」

悪びれる様子もなく、薄く嗤う。つい?つい、で親友を撃つのかと問いつめたかったが錦山の顔を見ているととても出来なかった。

一頻り太ももを撫でると錦山は満足したのか立ち上がる。そのまま出ていきそうな錦山にアスカは首輪を摘まみ、おずおずと尋ねた。

「これ……」

「あぁ、首輪か?お前のために用意した特注品なんだぜ。金髪には赤が映えるなぁ」

「なんで……そんな、」

「何でって……自分の物にはちゃんと印を付けとかねぇとな」

狂ってる。

歪んでる。

首輪をなぞり、そのまま顎を掬われて顔を上げさせられた。冷たい手の温度と冷たい瞳に射ぬかれて鳥肌が立つ。顔が強ばり、唇が戦慄いた。

「な、んだよ……それ……」

可笑しい。意味が分からない。何で当たり前みたいにそんな言葉が吐けるんだ?

「俺は物なんかじゃ……」

否定的な言葉を発しようとした瞬間、鎖が引っ張られて、気がつけばアスカは地面に叩きつけられていた。じんじんと痛む全身にただ呆然とする。錦山にやられたと理解するのに少し時間がかかった。

「ーー……っ」

黒い革靴がアスカの指先を踏みつける。徐々に力が込められて、痛みが増していく。

「アスカは俺の物だ。なぁ、そうだろ?」

みしみしと骨が軋んだ。激痛で涙が目尻から溢れ落ちる。人を傷つけているというのに淡々とした口調が、より恐怖を煽った。

脂汗が頬を伝う。これ以上力を込められたら指が折れる。痛みに耐えきれず、気がつけばアスカは床に這いつくばったまま、何度も首を上下に動かしていた。

「よし。痛くして悪かった……俺だって傷つけるのは不本意だ。けど、躾は必要だろ?」

ははは、なんて笑ってる錦山にアスカは何も言えなかった。赤く腫れ上がった指先を押さえてただただ俯いていた。


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