- ナノ -

龍が如く1

20:不透明な思惑


運転席には新藤、助手席に錦山。後部席にはアスカと日吉。日吉は自分の隣に座る、少し毛色の違うアスカにずっと疑問を持っていたのだろう。目をしばたたかせた。

「えぇと……そういえば貴方は?」

「情報屋。アンタの居場所を調べるために雇われただけだ」

ふいと視線を窓の外へ投げて、つっけんどんな態度を取る。アスカの態度に日吉はそれ以上質問を投げ掛けては来なかった。窓の縁に片肘をつき、移ろう景色を見つつ、意識は二人へ向ける。

「あの……私はこの後、どこへ……?」

「埠頭に船を泊めてある。そこから世界へどこへでも、さ」

船で世界に。アスカは疑問に思う。日吉をどうするのかはまだ何も聞いていないが、ただ何もせず逃がすとは考えづらかった。車内に視線を戻すと、バックミラー越しに錦山と目が合う。

「……でも、お金とかは……」

日吉の声で錦山の視線はアスカから逸れた。それにほんの少し安堵する。

「先生はそんな心配しないでくれ。金の事も俺が万事整えてある」

「し、仕事まで世話してくれるんですか……?錦山さん……なんで、私のためにそこまで……?」

本当にそうなら随分と手回しが良い。日吉はすっかり錦山を信じきっているようだ。

「優子のためだ」

「……い、妹さんの?」

「あの時、俺にもっと力があれば、ドナーを見つけ、優子を救うこともできた」

優子。優子ちゃんーー彼女の笑顔を脳裏に描いて目を伏せた。見舞いに行くといつも髪を触りたがって、とんでもない編み上げヘアに変身させられたりと思い出は色濃い物が多い。初めて彼女と会ったときにした約束を思い出して、手を強く握りしめた。

「あれから俺も変わって……今ではそれなりに力を得た。この力は……一人でも多くの人間を救うために使った方があいつも喜んでくれると思ってな」

「それで……私を……」

「……そういうことだ。アンタは俺が無傷で船まで送り届ける」

再度"無傷"を強調した。単純に船で逃がすだけなら多少の傷くらい問題ないはずだ。これはきっと何かある。

ありがとうございます!と感謝している日吉を横目にアスカは腕を組み、目を細めた。


車は埠頭ではなく、とある繁華街で止まった。ここで降りるという錦山の言葉に従い、四人は車を出る。人気のない裏通りは街の喧騒が遠くしんとしていた。

それよりも、アスカには聞きたいことがあった。錦山の腕を掴もうとしたが、その前に気づかれて弾かれる。

「アスカ、どうした?」

「お前……日吉をどうするつもりなんだ?」

「助けるさ。……なんだ?信用してないのか?心を読もうとするなんてひどいな」

「…………いや、それならいいんだ。悪かった」

サイコメトリーしようとしたのも錦山にはバレていて、ばつが悪くなったアスカは謝罪して引き下がった。

「……代わりの車は?」

「後、3分程で」

俯いて黙りこんだアスカの頭上で錦山と新藤が話している。足がつくのを防ぐために車を乗り換えるつもりのようだ。本当に手が込んでいる。

あまり錦山と顔を合わせたくなくて日吉と錦山の会話を聞き流しつつ、少し離れた場所に移動した。新藤が咎めるような視線をなげかけてきたが、なにも言わないのを良いことに電柱を背凭れにして携帯を弄る。

車のエンジン音が近づいてきた。代わりの車が来たのかと思い、アスカは電柱に預けていた身体を持ち上げた。が、予想に反して車は停車せず、それどころか速度を上げて日吉を目掛けて突っ込んでいた。

反射的に叫ぶ。

「逃げろ!!」

「避けろ!!」

錦山と声が重なる。その数秒後には車が看板や観葉植物を弾き飛ばし、建物の壁に車体を擦り付けていた。

「ひ、ひぃっ!?い、いったいこれは……!?」

間一髪。錦山は動けない日吉を引っ張り、何とか車を避けていた。ガリガリという嫌な音が響き、数メートル向こうまで壁に歪な模様を描きながら車は動きを止める。

車のひしゃげた扉が乱暴に蹴破られて、中から男が4人ーー更に6人待機していたのかどこからともなく現れて、アスカ達を取り囲んだ。手にはそれぞれナイフやバットといった得物が握られている。

その中で1人、派手な服を着た男が前に出てきた。

「ほう……手回しがいいな。もう追ってきたか」

「……どちらも大したモノだ。我々からここまで逃げおおせるとはな。敬意を表して、そこのアホ面を渡せばアンタらには干渉しないと誓おう」

やや訛りはあるが、聞き取りやすい日本語だ。それだけでその男がマフィアの中でそれなりの地位があるのだと把握できた。

日吉は情けない声を上げながら、錦山の袖口を掴んで背後に隠れる。

「そもそも我々が用があるのはそのイカサマ野郎だけだからな。悪い話じゃないだろう?」

「……残念だが、そうはいかねぇな。この先生は俺が必ず逃がしてみせる。……それが優子にできる償いなんだ」

「フン。お優しいことだ。なら……ここで諸共死ぬがいい!!」

男が手を上げたのを合図に取り囲んでいた男達が動き出す。今回ばかりはアスカも戦わねば荷が重そうだ。というか、しっかり狙われているため戦わざるを得ない。

ファイティングポーズをとり、目の前のバットを持った男と睨み合う。

「死にやがれ!」

口汚い罵声と共にバットを振りかぶられた。軽やかにバックステップを踏み、その攻撃を避ける。更に横から中からナイフを手に突進してきた男をいなし、カウンターで殴り飛ばした。

「クソッタレ!」

「ナメんな!」

一瞬の睨み合いから、同じタイミングで動き出す。一気に間合いを詰めて腹を目掛けて脚を振り上げた。男の振ったバットが鼻先を掠めたが、動じずに更に攻撃を叩き込み昏倒させる。久しぶりの喧嘩だが、勘は鈍っていないようだ。

次の敵をーーと振り返った時だ。サプレッサーで押し殺された銃声が響いた。一発ではない。何度も、何発も繰り返される。

「ーーっ!?」

突然の音に身を固くしたが、アスカの身体に痛みはない。

「ぐぁ……がはっ……!?」

「なっ……!?」

目の前にいた男が血を吐き出して倒れた。その背中には複数の穴が空いている。こういう事には慣れてはいるが、見ていて気分の良いものではない。顔をしかめて血濡れの男から目を反らした。

前を見ると数メートル先で錦山が銃を構えている。十中八九撃ったのは錦山だ。人を殺すことに何も感じていないのか、表情ひとつ変えずにただ淡々と引き金を引いていた。それに恐れをなして逃げようとしたマフィアの背に向けて一発。確実に急所を狙い撃たれて崩れ落ちた。

「な、何も殺す必要ねぇだろ……?」

アスカが昏倒させた男にまで銃を向ける錦山に戸惑いを隠せない。思わず、手で制してしまった。

「何甘ぇ事言ってるんだ。大陸系のマフィアなんて元々東城会の敵だぜ?今殺さなくてもどのみち殺す事になる」

早いか遅いかの違いだーーそう言ってアスカの手を押し退けて撃とうとするその銃身を握り、強引に下に向けさせた。

「俺が見たくないだけだ」

「……フッ。お前は優しいな」

意外にも錦山はアスカの言葉を聞き入れて、銃をしまってくれた。それに少し安心して表情を緩めると、頭を掻き撫でられて困惑する。今日は何を考えてるのか、やたらと頭を撫でてくる。

そんなアスカを置いて、錦山は踵を返して新藤に指示を出していた。

「こいつら、処分しておけ」

"処分"

聞こえた単語にアスカはやるせない思いでいっぱいになった。

結局のところ、昏倒させたマフィアの寿命はほんの僅かばかり伸びただけに過ぎなかったようだ。胸に手を当てて、転がる亡骸に祈りを捧げる。

「アスカ、行くぞ」

「あぁ。今行く」

今しがた来た黒塗りの車の前で錦山がアスカを待っている。すでに日吉は乗り込んでいて、後はアスカだけのようだ。すぐに返事をしてアスカは小走りで駆け寄った。


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