- ナノ -

龍が如く1

19:マフィアの襲撃


アスカの予想通り、錦山組が勝利した。弱小マフィアの下っ端を蹴散らすくらい、出来て貰わないと困る。

台や調度品が悉く破壊され、すっかりと荒れ果てたカジノを見回した。次、営業するのに相当の時間がかかりそうだ。とはいえここいらで勝手な違法営業なんて東城会が許すとは思えないが。

「お疲れ様。日吉なら逃げちゃったよ」

「なっ……そのまま見逃したっていうのか!?」

逃げたと教えた瞬間に新藤に詰め寄られた。二回りは大きな身体に詰め寄られて、アスカは思わず両手を上げて退く。

「新藤下がれ。アスカに手を出すな……」

「しかし、日吉を……!」

錦山に咎められ、新藤は納得出来ないとばかりに反論をする。しかし、錦山に手で制され、口をつぐんでアスカから離れた。

「アスカ、追えるな?」

「勿論」

問いかけにアスカは頷き、すでに手袋を外した手で壁をなぞっていく。逃げていく日吉の影を目で追いかけた。

こっち、と錦山を呼び寄せて、自分は先をどんどん進んでいく。思念の日吉が走っているから自然とアスカの足も早くなる。

「見つけたよ」

カジノからそう離れていない路地で日吉の姿を見つけた。日吉を指差し、肩越しに振り返ると良くやった、と錦山が頭をがしがしと撫でてくる。子供にするようなそれにアスカは止めろよ、と言いながらも振り払うことはしなかった。

「た、助かった……」

「礼の一つも言わずに行っちまうとはつれねぇな、先生」

安堵の息をついている日吉の背中に錦山は声をかけた。その瞬間、日吉は面白いほどに飛び上がり、アスカも驚くくらいの速度で振り返った。錦山の顔を見てひっ、と息を飲む。

「……あ、あんたは、まさか……!?」

「ほう。覚えていたか。光栄だな。……元東都大学医学部附属病院第一外科部長の……日吉先生」

「錦山……!?」

長ったらしい肩書きはその男には正直似合わない。日吉は錦山の事を覚えていたようだ……自分がしでかした事も。

「あぁ。妹を助けようとして、先生に3000万騙し取られた……あの錦山だよ。探したぜ……先生」

それを聞いた瞬間に逃げ出そうとした日吉の前に足を伸ばし、逃げ場を無くして壁際に追い詰める。頭を抱えて怯える日吉の肩を叩き、そう怖がるなよと錦山は笑った。

「い、妹さんは、どうなって……?」

「死んだよ。ドナーが見付からずにな」

「うっ……!す……すまない!!錦山さん!騙したのは本当に悪かった!!だから、命だけは……!!命だけは勘弁してくれっ!」

さっと顔を青くさせて、頭を何度も下げて日吉は謝罪を繰り返す。土下座までしそうな勢いだ。とはいえ人ひとり間接的に殺しておいて、命乞いとはなんとも見苦しい。

「……フッ。だから怖がるなって。俺はよ、先生……アンタを恨んじゃいねぇよ」

「……え?そ、そんなわけ……」

恨んでいない。なんて、嘘だ。どれだけ錦山が優子の事を大事にしていたか、アスカは知っている。見舞いは勿論、彼女の事を話す錦山はいつも愛しそうな顔をしていてーーだからこそ、あり得ないと思った。

二人の会話には加わらず、一歩離れた場所でアスカは流れを見守る。錦山が何を考えて、何を企てているのか。滲み出る感情は憎悪と悲哀が入り交じった重く苦しさがあった。

「優子は……どのみち長くはなかった。ドナーが見つかっても手術に耐えられたかどうか。それにあの件じゃ、いい勉強をさせてもらったつもりだ。お陰で……色々吹っ切れた」

「ふ、吹っ切れた、とは……?」

「細かいことはいいじゃねぇか。もう一度言うが、俺はアンタを恨んじゃいない。……むしろ俺は先生を助けに来たんだ」

表面上は穏やかな錦山の態度に、日吉は徐々に落ち着きを取り戻したようだ。まだ不安そうな色はあったものの、先程のように逃げ出そうとはしなくなった。

「先生、あれからもギャンブル狂いで借金まみれらしいじゃねぇか。で、一発逆転狙いで裏カジノでイカサマ。それもアッサリ見つかって、アンタこのまま逃げおおせると思ったか?連中は地の果てまで追いかけてくるぜ」

「そ……そんな……!なんで私ばっかり……こんな目に……!?」

自分のしでかした事を棚にあげ、被害者面をする日吉にアスカは眉間にシワを寄せた。話を聞いている限り、アスカは絶対に好きになれない人種だ。

助けてやるという錦山の申し出に、日吉は醜い面を輝かせた。が、それを邪魔する人間が来たようだ。背後に気配を感じた。

「彰。さっきのカジノのマフィアだ」

「フッ。中々しつこい奴らだな……先生、下がってろ」

「手を貸そうか?」

「いや、問題ない。アスカは先生を守っててくれ」

アスカの手助けは必要ないらしい。了解、と返事をして、あまり気は乗らないが日吉のそばまで下がった。

マフィアの連中に取り囲まれても錦山は一切動じず、むしろ愉快そうに笑みを浮かべている。

「我々から逃げられると思うナ!」

訛りのある日本語を叫びながら、マフィアの男達は錦山に襲いかかった。

スーツを乱すことなく複数人を圧倒した錦山の強さを目の当たりにして、アスカは感心した。錦山もただ組長の座に甘んじていた訳ではないんだなと実感する。

「アスカ、先生……怪我はねぇか?」

「あぁ。俺の出る幕もなかったな」

ちょっとくらいは取りこぼすかと思ったのに、それすらもなかった。

「そりゃよかった。先生には傷一つ負わせたくねぇ……。援軍が来ると面倒だ。さ、車に乗ってくれ」

含みのある言い方が気になったが、日吉は感動したように錦山の名前を呼んでいる。促されるままに車に乗り込む日吉を見て、アスカは嫌な予感を感じずにはいられなかった。


prev next