- ナノ -

龍が如く4

05:南と共に


冴島大河を探して、伝言を頼む。と、真島に言われたのはつい昨日の話である。

冴島大河ーー真島の兄弟であり、伝説の18人殺し。逮捕され、死刑囚となった筈の冴島がどうやら神室町に来ているらしい。どおりで町の至るところに警察が配置され厳戒態勢になっている訳だ。

神室町の何処かに潜伏している冴島を見つけ出し、真島の伝言を伝えるのが今回の依頼だ。前回の靖子を捜す依頼も引き続き続行する。

町へ繰り出し、いつも通り手袋を外してサイコメトリーをして痕跡を探す。つい最近来たらしく冴島が通った痕跡を探すのは容易かった。

「地下に隠れてるみたいだな……」

「地下ぁ?ほな下水道か?」

「あぁ、地下通路とか下水道なら比較的警察の目も届かないしな……それより南くん、何でいつも上半身裸なの……?」

前回の依頼の時と同様に南もアスカに同行している。アスカにあまり反発をしなくなったのは良いが、やはり彼の上半身裸は町中ではかなり目立つ。せめて、真島のように蛇柄でも何でもいいからジャケットを羽織ってくれればマシなのだが。

「そら、この俺のカッコエエ紋々見せるためや!」

「……ヤクザの刺青は見せびらかすモンじゃねぇと思うんだがな」

「あぁ?」

アスカの指摘が不満だったのか、南はムッと口を尖らせた。アスカの知る限り、桐生も錦山も真島も本気を出して戦う時にしか刺青を見せない。まぁ真島は普通にしててもちょっと見えているが、それは置いといて。

「吾朗だって普段ジャケット着てるだろ?南くん以外で町中でそういう刺青見せて歩いてる人いる?」

少なくともアスカの記憶の中に常時上半身裸のヤクザはいない。南は黙りこみ、視線を下へ落とした。親父である真島の名を出せば、ちょっとは考えてくれるだろうというアスカの予想は当たったようだ。

「……おらんかも知らんけど、これは俺のコセイや!コセイ!」

「えぇ……?」

半裸を個性だと言われてアスカは困惑した。当の南はうまく言い返せた、とばかりにうんうんと頷いている。

随分と個性的な個性だ。変わる気の無さそうな南にアスカはやれやれと嘆息した。

それから更に時間が経ち、アスカは劇場前広場のクラブセガの右手の小さな地下へと続く階段へとたどり着いた。薄汚れた外壁に触れて、しっかりと確認してからアスカは頷き、南に振り返る。

「うん。ここだな……ここから地下に入った形跡がある」

「ここにおるんやな!!よっしゃ!!」

「ちょっと待っ…………はぁー……」

聞くやいなや勢い良く劇場地下への階段を駆け下りていった南を止めようとして空を切った右手が虚しい。そして、デジャブを感じた。毎度毎度勝手に突っ込んでいく短絡的な思考はどうにかならないものか。

やれやれと頭を緩く振り、アスカは小さく息を吐き出して、彼の背を追いかけて階段を下り始めた。

劇場地下はホームレスが何人か、根城を作っている。新たな侵入者にちらりと視線を向けてきたが、それだけだった。この神室町にいる大多数のホームレスは花屋の手下だし、アスカの顔くらいは知っているのだろう。

エスカレーターを下り、すぐそばにあった扉を見た。南が通った痕跡はその扉の奥へと続いている。扉の向こうの部屋がいやに静かなのが少々不安だ。ドアノブを捻り、恐る恐る部屋の中を覗きこんで、アスカは部屋の有り様に頭を抱えたくなった。

「あーもう……南くん何やってんだよ……悪かったな、大丈夫か?」

勝手に突っ走っていった南を追うと案の定、暴走して見知らぬ人達をぼこぼこにしていた。恐らく南のせいで荒れ果てた部屋へ入り、床に倒れこんでいたスカジャンの男に手を差し出す。髪を後ろへ撫で付けた若い男だ。

傷だらけの手が重なった瞬間に情報が流れ込む。それらの中に気になる物を見つけてアスカは動きを止めた。

「……君は誰の味方?」

「えっ?」

思わず口をついて出てしまった言葉を何事もなかったかのように濁して、男ーー城戸の手を引いて立ち上がらせた。城戸の不審そうな視線に気づかない振りをして南に声をかける。

「南くん、冴島さんに伝言は伝えた?」

「おう!伝えたでぇ!」

ぼこぼこにしたことに関しては悪びれた様子もなく、にかっと笑ってガッツポーズをする南に思わずため息が漏れた。

「じゃあもう帰るぞ。冴島さん、城戸くん、お騒がせしてすみませんでした。では」

何故俺が謝らなければいけないのか、と不服に思いつつもまだ暴れ足りなさげな表情を浮かべている南の肩を叩いて促した。

「お、おいアンタは誰なんだ?」

南を部屋から押し出して、アスカ自身もお暇しようとした瞬間に呼び止められる。そういえば名乗っていなかった事を思い出した。

「俺はアスカ・フェザーストン。人探しを頼まれて冴島さんを探してただけの、カタギだよ」

カタギの部分をちゃんと強調しておいた。桐生のように一度極道だったわけでもないのに、極道者だと勘違いされるのは勘弁して欲しい。

人のいい愛想笑いを浮かべて、アスカはその場から立ち去った。

南はやはりと言うべきか、アスカを待たずに先に事務所へ戻っていたようだ。事務所の応接用のソファにだらしなく腰かけている南を見つけて嘆息した。派手な刺青や関西弁からパッと見た雰囲気は真島に似てはいるものの、根本的な部分は真島には似ても似つかない。

「あっ!アスカさん、お疲れ様です!親父なら奥の部屋にいますよ」

真島組の中でも数えるほどにしかいない常識人、西田がアスカに気づいて声をかけてくれる。冴えない顔付きではあるが、真島に幾度となくしごかれても耐えている中々見所のある男だ。

「西田くん、ありがとう」

礼を言い、奥の部屋の扉を軽くノックしてから入った。高級そうな木製の艶々のデスクに良く合っているこれまた高級そうなデスクチェアに真島は腰かけて、物思いに耽った表情を浮かべてタバコをふかしている。アスカの入室にも大した反応を見せず、ちらりと視線を寄越しただけだった。

「冴島さんにここに来るように伝えておいたぞ」

「……おぅ」

ぼうっと虚空を見つめ、生返事。25年前の事を考えているのだろう。一応襲撃事件の顛末は一通り聞いたし、サイコメトリーでも見せて貰った。あまり気持ちの良いものではなかったが。

部外者であるアスカにも教えてくれたのは真島がそれなりにアスカの事を信頼してくれてのことだろう。

「何かあったら、呼んでくれ。また明日顔出す」

一人になりたそうな雰囲気を察知し、アスカは報告だけをして静かに部屋を後にした。


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