- ナノ -

龍が如く1

14:束の間の平和


それから数ヶ月が過ぎた。新しい年を迎えて、桐生が居ないこと以外はいつもと変わらない日々を過ごしていた。神室町も組同士の小競り合いがある程度で目立った事件もなく、比較的穏やかだ。

アスカは持っていた茶封筒をチャンピオン街のとある郵便受けに入れる。後は依頼人に連絡をすれば今回の仕事は終わりだ。

主人の浮気を徹底的に調べてほしい、という珍しくカタギ相手の仕事だった。情報屋の仕事というよりも、どちらかというと探偵の仕事だったが、お金になることなら拒否することもない。しっかりばっちり旦那の浮気を掴んでやった。ついでに相手の女の個人情報もバッチリだ。

チャンピオン街から十分に離れた所の公衆電話から、依頼人への連絡を済ませた。

「さーってどうするかな……」

ぐぐっと腕を思い切り伸ばして、身体を解す。有名になったとはいえ、情報屋なんてそうそう依頼は舞い込んでこない。大抵は暇だ。

(適当に飯食って、情報纏めとくのもありか……)

これからの予定を考えあぐねながら、ゆったりとした歩調で歩く。何となくいつもの癖で足は勝手にセレナのある天下一通りの方に向いていた。

一杯飲んでから帰るのも悪くない。

「アスカ!」

「おう、彰。嬉しそうだけど、何かあったのか?」

セレナに行こうと決めた瞬間に、背後から声を掛けられた。その口元は随分と緩んでおり、サイコメトリーなど使わずとも錦山の機嫌が良いことはわかる。

「おわっ!?」

よくぞ聞いてくれた、とばかりに思い切り抱きつかれてアスカは驚いた。嬉しさを全身に感じて、突っぱねるのもやぼだとアスカは苦笑いをしながら抱き締め返してやる。

「俺!ついに組を持つことになったんだ!!錦山組の組長だ!!」

「まじか!そりゃ良かったな。そうだ!晩飯韓来で奢ってやるよ」

久しぶりに見た錦山の満面の笑みに、アスカもつられて笑顔になる。あの事件以来あまり笑顔がなく心配していたのだ。何はともあれ、錦山の努力が実ったのは喜ばしいことだ。

がしりと肩に腕を回して、韓来へと足を向けた。


「じゃあこれからは、組長って呼んでやろうか?」

「やめてくれって。お前は今まで通りでいいんだよ」

韓来で向かい合い、焼き肉をつつきながら言葉を交わす。奢りだから、といつもより気合いを入れて食べている錦山にアスカは微笑を浮かべた。

「でも、これからが大変だろ?頑張れよ」

極道は年功序列ではなく、実力主義だ。組長になったとしても、不良のような手のつけられない人間の集まりの手綱を握るのは並大抵の事ではない。錦山も他の組員と比べれば、それなりに努力している方だとは思うが、やはり同時に入った桐生の影に隠れてしまう。

良くも悪くも桐生の存在は大きすぎた。うまく錦山が組を動かせる事を祈るばかりだ。

「すみませーん!冷麺一つお願いしまーす」

手を上げて店員に注文する。はーいと奥に引っ込んで行く店員を見届けて、アスカは丁度いい頃合いの肉に箸を伸ばした。

「おっ前、こんなクソ寒ぃ季節なのに冷麺って、柏木さんかよ!」

「俺は冷麺無かったくらいでキレねぇよ!」

冷麺をこよなく愛する強面の男を思い出し、アスカは苦笑した。確かに冷麺は好きだが、あそこまでではない。肉を頬張りながら、そう言えば、とアスカは切り出した。

「優子ちゃんの具合、どうなんだ?」

「あんまり良くねぇんだ……後どれくらい生きられるか……」

何度も手術をしていて体力的にも限界らしい。

そうか、と視線を落とす。一度錦山と共に見舞いに行ったことがあるのだが、名前の通り優しげで儚げな笑みを浮かべる少女だった。アスカの金髪と青目を羨ましがっていたのを今でも鮮明に思い出す。

「優子ちゃんのことも、組のことも俺にできることなら何でも言えよ。協力してやるよ。あ!でも情報系統は金取るけどな」

「金取るのかよ!」

「ったり前だろ!俺だってそれで生活してんだからな!」

ツッコむ錦山に言い返す。親友と言えどそこだけは譲れない。

「まあでも多少は安くしてやるから、情報屋フクロウをご贔屓に!」

「何ちゃっかり宣伝してんだよ」

呆れるように笑う錦山にアスカもからからと笑った。

何時からだろう。歯車が一つずつずれていくように、錦山は可笑しくなったのはーー。



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