龍が如く1
13:向日葵
由美がいなくなったと錦山から聞いて、アスカは個人的に由美の行方を追っていた。記憶喪失になった由美が何故、病院を抜け出し、行方を眩ませたのか理由はわからない。
由美がいたとされる病院からサイコメトリーで思念を読み取りながら、歩いていく。由美は記憶喪失とは思えぬ、しっかりした足取りでどこかへ向かっていたようだ。
歩くこと一時間、とある建物の前でアスカは歩みを止めた。
「"ヒマワリ"……」
そこはアスカもよく知っている養護施設だった。実際に来るのは初めてだったが、名前は何度も桐生や錦山から聞いていた。やはり由美はうっすらと覚えていたのかもしれない。
そっと中の様子を伺うと年端もいかぬ子供達が笑顔で駆け回っているのが見えた。こんな孤児院へ勝手に入って良いものなのか分からず、門先で立ち往生していると背後から声をかけられた。
「ここに何か用か?」
振り返ると杖をついた老年の男がこちらを見ていた。その目付きは鋭く、只者ではない雰囲気を漂わせている。
「貴方は……風間さんですか?」
口ひげを生やした男の顔に見覚えがあった。実際にあったのはこれが初めてだが、何度か桐生に見せてもらった写真に写っているのを見たことがある。
名前を言ったことにより、怪しまれたようで風間の眼光が更に鋭くなった。
「そうだが。君は何者だ?」
「初めまして、俺はアスカ・フェザーストンです。貴方の事は一馬や世良さんから聞いて、存じております」
嘘偽りなく答えると、風間は納得したように少しばかり表情を和らげた。
「お前がアスカか。世良が可愛がっている情報屋がこんな所までなんの情報を集めに来た?」
「……由美ちゃんの行方を。彼女は病院から抜け出してここに来たはずです。知りませんか?」
由美の名前を出した瞬間、風間は眉間にシワを寄せた。
「立ってするような話ではないな……来なさい」
言われるがままに風間の後を着いて、ヒマワリへと足を踏み入れた。
応接室へ通され、アスカは風間と向かい合っていた。机に置かれた湯飲みから白い湯気が立ち上る。
「何故、由美を調べている?錦山に頼まれたのか?」
「いいえ。確かに由美がいなくなって彰がショックを受けているので、彰のためってのもちょっとありますけど……俺の独断です」
真っ先に錦山の名前を出してきた風間に驚きつつも、首を振り否定する。
椅子に座った瞬間からここに由美が来ていたことは分かってしまっていた。ここに座って写真を見ていた。あれは……ーー
「君は一馬が本当に堂島を殺したと思っているのか?」
サイコメトリーに傾けていた意識を風間に戻した。その質問をするということは真犯人が誰なのかおおよその検討はついているのだろう。どう答えるべきか少し悩んで、アスカは中途半端に空いた会話の間をどうにかしようと湯飲みに手を伸ばした。
「……現行犯は一馬です。それが、事実です」
水面を見つめて、そっと息を吐き出す。悩んだ末にアスカは一馬の意思を尊重することにした。
「成る程。それが君の答えか。聞いていた通り、裏社会には似合わぬ優しい男だな」
「それ、世良さんからですか?」
唇で薄く笑って、アスカは緑茶をすすった。そんなことを言うのは世良くらいだ。
「ふっ。よく分かっているな」
風間もつられるように口角を上げた。
「世良さんとはもう長いですから……。それよりも、由美ちゃんは……ここに来ているんですよね。貴方も知っているはずだ」
疑問形ではなく、確信を持って言う。風間は眉間のシワを深くさせ、やや間を置いてから口を開いた。
「…………由美の事を君は秘密にすると誓えるか?錦山にも、一馬にも、だ」
「誰にも言うな、と……?」
首を縦に振り、風間は頷いた。アスカ自身、情報屋ということもあり、全てを桐生や錦山に話している訳ではない。分別は弁えている。
提示された条件にアスカが同意すると、風間は口を開いた。
「由美は今、東城会で預かっている。記憶はまだ戻っていない……が、由美は錦山の事を怖がっている」
「!」
「写真を見せただけでな……それで察しがついた……。堂島を撃ったのは錦山なのだとな」
「やっぱり、分かっていたんですね」
先程の問答はアスカを試しただけのようだ。あのカラの一坪の件も風間の書いた絵図だったし、噂通り、侮れない人物だ。
持っていた湯飲みをテーブルに戻し、アスカは椅子の背もたれに体重をかけた。
「だから、彰に会わせたくないって事ですか?」
「それもあるが……俺は出来ることなら由美を極道から離れさせたいと思っている。辛い記憶ならもう思い出さない方が幸せだろう」
「……それで由美ちゃんは幸せですかね?」
確かに風間は以前、桐生が不動産にいたときもそのままカタギにさせようとしていた。本当は桐生や錦山を極道にさせたくなかったのだろうことは予想がついた。
アスカは真剣な表情をして、風間の目を見つめた。
「人の幸せは他人が決めるもんじゃないですよ……少なくとも俺は、そう思います」
幸せかどうかなんて結局本人にしか分かり得ないことなのだ。幸せの感じかたも人それぞれ違う。
「……っすみません。若輩者がでしゃばりました」
「いや、構わない。君の言うことも確かに一理ある。だが、俺は自分の子供らが極道のいざこざに巻き込まれてほしくはないのだ」
"自分の子供"と言った時、風間の鋭かった目が微かに穏やかな色を宿した。風間なりに桐生達の事を案じているのだろう。それが桐生達のためになるかは置いておいて。
風間の考えは理解したし、探していた由美の居場所もわかった。壁に掛けられたアンティーク時計をちらりと見る。時計の長針は最初に見たときから半周ほど回っていた。それなりに話していたようだ。
「こんな俺に教えてくださってありがとうございました。約束は必ず守ります……」
立ち上がり、頭を深く下げた。
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