- ナノ -

龍が如く4

04:彼女を探して


スカイファイナンスを後にし、そこから冴島靖子の痕跡を辿る。人の行き来が激しい場所は痕跡が消えかけていて、何処へ行ったのか判然としない。視ながら、一歩ずつ確実にーー

「あぁ?お前何やってんのや?」

天下一通りから泰平通りに差し掛かるタイミングで異様なほど目立つ上半身裸の男に声をかけられた。町中で裸だというだけでも目立っているのに、その背中に刻まれた髑髏と豹の刺青のせいで一般人の視線が遠くから突き刺さっている。南が引き連れている部下もどうして彼を裸のままにさせているのか。

「冴島靖子の情報を探してるとこだ」

「さっきから見とったけど、ふらふら歩いとるだけやないか。金だけ貰おうとしてるんちゃうんか?」

噛みついてくる南に、眉間を押さえて嘆息した。事務所でもそうだったが、随分と信用されてない。

「そんなつもりはない。俺は吾朗を裏切るような真似は絶対にしない」

互いの立場の違いで、目的は同じなのに裏切ってしまったあの日。あの時対峙した真島の痛みに、酷く後悔したのだ。そして、二度と裏切らないと心に決めた。そんな過去を南が知る訳もないのだ。

「そんなん信用できんわ!女は俺が先に見つけたる!」

「……どうしたら信用してもらえるんだ?目的が同じなんだから、協力した方がいい」

そもそも真島に南を好きに使えと言われたというのに、南自身は全くアスカに手を貸すつもりがないのは困ったものだ。

「親父はテメェやったら絶対見つけるとか言うとったけど、町ふらふらしとるだけやったら俺かてできるわ!」

声を大きくして、アスカを睨む南に肩を竦めた。ふらふらしているわけではないことを証明してやれば、少しは信じて貰えるかもしれない。あまり口外したくはないが、仲間割れで時間を使うことを考えれば致し方あるまい。

「俺はただふらふらしてる訳じゃない」

ーー証明してやるよ!
手袋を素早く外し、南の腕を掴んだ。南の全部の記憶を読み取るつもりで全神経を集中させる。一気に流れ込む記憶に疲労感がのし掛かった。

「な、何しよるんや!」

急に掴まれて驚いた南が手を振り払う。でも、十分記憶は読み取れた。

こんなに強気の南にも面白い思い出があるものだ。笑みを浮かべて、アスカより少し上にある南の顔を見る。

「刺青って入れるときかなり痛そうだよな」

ぴくりと南の顔が引くつく。アスカは手袋をはめ直しながら、更に続けた。

「泣いちゃうくらい、痛いんだな〜」

「お……おい、お前なに言うてんねん……」

先ほどまでの勢いは一瞬にして失速した。少し意地悪ではあるが、そういう大人もいるという社会勉強をしてもらおう。

「南くん、刺青が痛くて泣き叫ぶなんて、可愛いとこあるな」

「どこで……それを……」

「今南くんに触れて記憶を読んだのさ。もしかしたら誰かにこの事をうっかり口を滑らしちまうかも……」

すぅーっと南の顔から血の気が失せる。あれだけ組の中でイキっているのだ。当然情けない話を漏らされたくない気持ちは誰よりも強いはずだ。痛かったが耐えた、なんて嘘もついて見栄を張っていたようだし、相当なダメージを受けるだろう。

「お、お、お前!俺を脅しとんのか!?」

「もし南くんが俺と仲良くしてくれなかったら、吾朗にーー」

「わ、分かった!俺がすまんかった!!」

台詞を全部言い切る前に南が折れる。きっちりかっちり90度。南は頭を下げて、大声で謝罪をした。


少しばかり強引な手口で南と和解したアスカは、南と共に町を調べていた。

「ほぉん……親父の探しとる女はリリ、言う偽名つことるんか」

「あぁ……そこは間違いない」

痕跡は微かではあったが、点々と残っていた。南がいるだけで一般人が近付いて来ないのはサイコメトリーの邪魔をされなくてある意味ありがたい。

「……ところで南くん。エリーゼっていう店、知ってる?」

「エリーゼ?ミレニアムタワーのそばにあるキャバクラやったはずや……もしかして、そこに女がおるんか!?」

「え?いや、まだそうと……ーー」

決まった訳じゃない。台詞を言い切る前に南は駆け出していた。止めようとして伸ばした手は南を掴めず、空を切る。

あっという間に小さくなっていった背中を見て、アスカは本日何度目かのため息をついた。エリーゼの新人がリリという名前だという囁きが聞こえてくるから気になっただけなのだが、まさか聞いただけで勝手に走っていかれるとは思わなかった。短絡的すぎて逆に扱いづらい。

とりあえず、南の後を追わなくては。すでに見えなくなった背中を追いかけるためにアスカは少し足早に泰平通りを歩きだした。

ミレニアムタワーのそばの雑居ビル。目に痛いピンク色の看板にエリーゼと書かれている。何処にでもあるようなキャバクラだ。

「ーーおう、アスカちゃん。何してんねん」

看板を見上げていると、不意に声をかけられた。振り返るとスーツ姿の真島がいる。

「吾朗?何でここに?」

「何や南から電話かかってきて、靖子ちゃん見つけた言うとったから来たんや」

「……あいつ……」

そういうところの手回しも早いようだ。思わず悪態をつきそうになった。

「で、ほんまにここに靖子ちゃんはおるんか?」

「……それを今から調べに行こうとしてたんだがな……」

やれやれと頭をふり、肩を竦める。南の暴走を真島も大方分かっているようで、気にしたようすもなく、ほな、行こか。とエリーゼのドアのノブを握り、扉を押し開けた。

中へ入ると居心地の良いジャズミュージック、ではなく、やけに音を外す聞き覚えのある声色の歌声が響き渡った。思わずアスカは顔をしかめて、店内を見回す。薄暗い店内の中でライトアップされている小さなステージに南が熱唱しているのが柱の影から見えた。ここまで音痴なのも珍しい。

「南くん、歌下手なんだな……」

暫くするとカラオケの音が止まった。それと同時に南の怒声と喧嘩をするような打撃音。気づかれぬよう、入り口近くから店内の様子を伺う。つい2時間ほど前に会った秋山が南と対峙していた。

「あの男、ここのオーナーだったのか……」

本業は街金でキャバクラは副業みたいなものなのだろう。あそこで出会ったのは偶々だろうが、妙な縁だ。

「アスカちゃん、確認してくれや」

「あぁ、わかった」

真島の言葉に頷き、アスカはスタッフルームの扉にそっと手を当てて目を閉じる。しっかりとメイクアップをしてセクシーなドレスに身を包んだ冴島靖子の姿が読み取れた。リリ、と客に呼ばれていたし、ここにいたのは間違いないようだ。

「ここにいたのは確かだが……もういないみたいだな……探すのが遅かったみたいだ。すまない、吾朗」

折角頼まれたのに期待に添えれず申し訳なさでいっぱいだ。元情報屋がこうとは情けない。

「エエんやで……」

別にいい、と言っているわりに、その声色はやけに力ない。向けられた背中にアスカは再度謝罪をしたが、かえってくる言葉はなかった。

そうこうしている間に店内は静まっていた。南の荒々しい声だけが響く。

「クソッ!まだ負けるわけにはいかんのじゃあ!」

肩で息をしながらも四肢に力を込め立ち上がり、秋山を睨み付けている。予想に反して秋山が南を倒していた。しがない街金があれほどの強さだったとは思いもしなかった。

力量差をまざまざと見せつけられたにも関わらず、まだ立ち上がり戦おうとする南のしぶとさは真島とよく似ている。

「南くん、ストップ」

「お前の歌は宴会の時だけで十分や」

真島の後をついて階段を下り、ステージにいる南を止める。全員の視線がこちらへ向いた。

「親父!」

「親父……?まさか、あの真島組長?」

秋山が訝しげに真島の顔を見やる。その反応から察するに顔は知らなかったようだ。それから視線をずらし、アスカの顔を見ると目を見開いた。

真島は秋山の疑問には答えず、代わりに問いを投げ掛ける。

「この音痴から聞いとるかも知れんが、リリっちゅう女を捜しとる。ここにおるんやないのか?」

「彼女はもう、ここにはいませんよ。どこに行ったかも知りません」

やはり秋山の答えは先程と変わらなかった。返答を聞き、真島は憂いを帯びた表情を浮かべ、秋山から視線を外すとそばのソファへ座り込んだ。この空気感の中、ソファへ座れそうになく、アスカは真島の脇に立ったまま、事のなり行きを見守る。

「リリに一体何の用です?リリは柴田組に追われていた。まさか真島さん……アンタもそのことに関係しているんですか?」

矢継ぎ早に秋山は問うが、真島は答えない。

冴島靖子が東城会の柴田組に追われているなんて初めて知った。真島もそんなことは一言も言っていなかったし、知らなかったのだろう。そうなんか。と呟くように漏らす。

「教えてください、真島さん。リリは一体何者なんですか?何故アンタ達に追われなきゃならないんですか?」

歩み寄りながら、秋山は疑問を投げ続ける。そこでようやっと真島は秋山にちらりと視線を向けた。そして、静かに口を開く。

「アイツは……靖子ちゃんは……俺が守らなあかんねや」

「靖子?それがリリの本名ですか?なんであなたが守る必要があるんですか?」

「それが……俺の"償い"やからや。25年前のあの日のな」

そしてゆっくりと真島はあの日のことを語りだした。独り言のようにぽつりぽつりと溢される言葉は後悔が滲んでいた。前に視せてくれたあの記憶がアスカの脳裏に映る。

冴島兄妹のこと、真島にあったことーー時間にして20分ほど。長いようで短い時間。全てを語った真島はゆっくりと席を立った。

「南、行くで」

秋山の言葉を待たずに、組員を連れてエリーゼから出ていった。後に残されたアスカはその背を見送ってから秋山に向き直る。物言いたげな秋山と目があった。

「それで……君は俺に嘘ついたの?」

「いや俺は吾朗とは個人的な付き合いがあるだけだ。俺自身は極道ではないよ」

真島と共に登場したのだ。秋山がそう思うのも分からなくもないが、嘘をついたと思われるのは心外だ。頭を振り、否定する。

「個人的な付き合い?東城会の幹部と?」

「アイツが幹部じゃなかった頃からの知り合いなんだ。俺も昔は情報屋をやってたからな。その関係だよ」

昔を思い出して、息を吐き出しながらふっと笑う。あの日真島と出会ったのは偶然だったが、こんなにも長い付き合いになるとは思いもしなかった。

「へぇ、情報屋なんてやってたんだ。人は見かけによらないね」

「元、な。今はやってない」

感心したような秋山に、アスカは即座に訂正をしておく。街金にアスカの情報が必要なときなどあまりなさそうだが、秋山は残念そうだ。

「さて……あんまり長居するのも良くねぇな。営業妨害して悪かったーーじゃあな」

奥の方で先程からチラチラと不安げに此方を見ている店員達がかわいそうだ。軽く腕を上げて秋山に挨拶をして、アスカはエリーゼを後にした。


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