- ナノ -

龍が如く1

11:全ての始まり


1995年10月2日ーー

桐生が堂島組の組長、堂島宗兵を殺したというニュースが新聞の一面に載っていた。新聞を握りしめ、愕然としながら内容に目を通す。現行犯逮捕だったらしいが、アスカには桐生が親である堂島を殺すとは思えなかった。

新聞を放り出し、急いで身支度を整えるのもほどほどに家を飛び出した。

事件現場である劇場北の東堂ビルは警察により封鎖されていた。何人かの野次馬がそのビルの周りに集まってひそひそと何かを話している。手袋を外して近くの壁へ怪しまれないように然り気無く触れた。

「まさか……」

壁に残った思念を視てアスカは呆然とする。

堂島が由美を引き摺ってこの建物に入り、その後少ししてから錦山がここへ来た。それから桐生が。そして出てきたのは憔悴した由美を連れた錦山ーー

桐生が誰を庇ったのか、もう答えは分かってしまった。錦山は由美を守ろうとして弾みで堂島を殺してしまったのだろう。

「バカ野郎……なんでんな事を……」

ここにはいない、彼らに悪態をつく。そして、そんな大事件に親友が巻き込まれている時にその場に居られなかった自分を悔いた。せめてその時、錦山の側にいられたら何か手助け出来たかもしれないのに。

苦々しげに歯噛みして、アスカはその場を離れた。


天下一通りのセレナへ向かう。何となくそこに錦山がいるような気がした。

エレベーターで二階に上がる。まだ開店時間ではないためcloseと書かれた掛札が掛かっていたが、中からは人の気配がした。ドアノブに手をかけて、ドアを少し開けて恐る恐る中を覗く。

「……麗奈ちゃん?」

「アスカくん!?大変なのよ、桐生ちゃんが……!とりあえず中に入って!」

アスカに気づいた麗奈が中へと招き入れる。カウンター席へ座り、麗奈に錦山の事を問うた。それに、麗奈は顔を曇らせて首を横に振る。

「あれからまだ錦山くん来てないの……」

「そっか……。彰ならここに来ると思ったんだけどな」

「そう思って私も早めに店に来てたんだけど……」

どうやら麗奈もアスカと同じように考えていたようだ。

「ここで待ってていいか?」

「えぇ。大丈夫よ……」

重い空気が二人の間を流れる。楽しく会話をできるような気分ではない。手を組み、視線を下へ落とした。

桐生は懲役10年と新聞に書かれていた。刑期を終え、娑婆に出てくるのは10年後ということになる。随分長い。それまで自分が錦山を支えてやらなければな、と強く思った。

それから一時間程。扉の軋む音にアスカと麗奈は同時に顔を上げる。入ってきたのは窶れた顔の錦山だった。

「錦山くん!」

麗奈はカウンターから飛び出して、錦山へ駆け寄った。錦山は目を合わせたくないのか俯いたままぼそぼそと告げる。

「……由美が居なくなっちまった……」

「え……どういうことなの!?」

告げられた言葉にアスカと麗奈は目を見開いた。すがり付くように麗奈は錦山の両腕を掴んで問う。問い詰められて錦山は苦々しげに顔を歪めた。

「錦山くん、どうにか出来なかったの!?」

何で、どうしてと麗奈は錦山を責め立てる。錦山を揺すり、鋭いナイフのような言葉を投げつけていく麗奈を止めようと、アスカは口を開こうとした時だ。

乾いた音が響いた。

「彰!何やってんだ!女に手ェ上げるなんて……!麗奈ちゃん、大丈夫か?」

衝撃で座り込んだ麗奈を庇うように二人の間に入り、打たれた頬を押さえて俯く麗奈を心配する。まさか錦山が女に手を上げるなんて思いもしなかった。

錦山は呆然と自分の手を見つめていた。怒りに任せて無意識に叩いてしまったのだろうが、それでも許されることではない。すすり泣く麗奈の声が聞こえる。顔をしかめてアスカは錦山の手を掴んだ。

「麗奈ちゃん、俺ら出てく。ごめんな……」

腕を引き、セレナを出た。泣いている麗奈をひとり残すのも気が引けたが、今は錦山の方が切羽詰まっているように見えたのだ。セレナの裏手にある路地へと錦山を連れていった。

頭を抱えて、震えてる錦山を見てアスカは静かに息を吐き出す。

「ちょっとそこで待ってろよ」

すぐ近くの自販機で缶コーヒーを買い、錦山の元へ戻る。同じ場所で放心している錦山の頬に温かい缶コーヒーを押し付けた。

「っあち!」

「……ちょっとは落ち着いたか?」

突然の刺激に錦山は肩を跳ねさせてこちらを見た。視線がやっと交わったことに内心安堵して、缶コーヒーを錦山に手渡す。受け取っては貰えたが、また気まずげに視線を反らされた。

壁にもたれ掛かりながら、アスカは缶コーヒーのプルタブを開けた。肌寒くなり始めた季節、温かいコーヒーが身に染みる。

「彰」

錦山から話し出すのを待っていたが、どうにも無理そうだ。

親殺し。桐生の身代わり逮捕。由美の記憶喪失。そして逃亡ーー重なる不幸で錦山自身、余裕がないのはわかった。

「お前にも色々あるんだろうけど……あんまり抱え込むなよ?」

サイコメトリーで錦山の心情は十分分かっている。しかし、アスカが勝手に口を出すよりも錦山から話してくれる方が良いと思って、深く追及することはしなかった。

「いつでも相談にのってやるから、話したくなったら呼べよ」

ひらひらとポケベルを振って見せる。錦山が小さく頷いたのを見て、アスカは笑った。


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