龍が如く1
10:愛と嫉妬
桐生が折角買った指輪をすられるというアクシデントはあったが、何とか取り戻しセレナへと帰ってきた。いつも思うが桐生はトラブルに事欠かなさすぎる。運が悪いというか、なんというか……ある意味才能だ。
走り回って汗ばんだシャツの胸元を摘まみパタパタと扇ぐ。本当に散々な目にあった。主に桐生が、だが。
「おい、これ持っとけ」
「はいよ」
由美が客を相手している間に店の隅でこそこそと準備をする。クラッカーを錦山から受け取りスーツのポケットに忍ばせた。
預けておいたプレゼントも麗奈から受け取り準備万端だ。
30分後ーー最後の客も帰り、静かになった店内でパーティーは始まった。店内奥の一番広いテーブル席に集まって、奥に主役の由美、その左右に桐生、錦山とアスカが座る。
蝋燭を立てたケーキを麗奈が運んできた。苺の乗ったショートケーキに、名前入りのチョコプレートが飾り付けられている。
「わぁ!美味しそう!」
嬉しそうに破顔して、ケーキを見つめる。その姿を見てアスカはつられるように笑った。
「じゃあ電気を消すわね」
麗奈の声と共に店内が暗くなり、オレンジの蝋燭の明かりだけがちろちろと揺れた。暗がりの中で由美が確認するように目線を全員に向ける。小さく頷くと、由美は笑みを深くすると息を吸い込んだ。
朧気な明かりが消える。それに合わせて麗奈が照明のスイッチを付け、アスカ、桐生、錦山の3人はポケットに突っ込んでいたクラッカーを取り出して、紐を一気に引き抜いた。
パン、パン、パンッーー
3つ分の破裂音がして、コンフェティがキラキラと光って由美に降り注ぐ。
「由美ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう、由美!」
「おめでとう!」
「おめでと、由美ちゃん!」
四人から祝福されて、由美ははにかんだ。
「ほら、由美、プレゼントだ」
先手必勝とばかりに錦山がプレゼントを差し出した。開けてもいい?と訊ねた由美に錦山は笑って頷く。
黒いジュエリーケースには大粒のダイヤのペンダントトップが付いたネックレスが収まっている。ケースに金字で刻印されたブランド名から、高価だったことは窺えた。
「え〜いいの、これ!?本当にもらっちゃって」
「当たり前だろ」
ほんの少し申し訳なさそうにしながらも、由美はありがとうと笑ってネックレスをテーブルに置いた。
次はアスカの番だ。タイミングを見計らって後ろに隠し持っていたプレゼントを差し出した。
「俺からはこれ!」
錦山に続いて、アスカもプレゼントを由美に手渡す。薄桃色の小さな箱には赤いリボンが掛けられている。
「わ!ありがとう!すごくかわいい!」
雫型にカットされたピンクダイヤがイヤリングの先でゆらゆら揺れている。金具もピンクゴールドを使っていて、ダイヤのピンク色をより綺麗に魅せていた。大粒のダイヤだが下品ではなく、洗練されたデザインで上品な仕上がりになっている。
「本当はさ、ハートの方がいいかなって思ったんだけどシンプルな方がどこにでも着けていけるでしょ?」
「そこまで考えてくれたんだね、嬉しいな〜」
「へへ……服に合わせて使ってね」
素直に喜んでもらえたのが嬉しくて、アスカは照れ隠しのように鼻を擦った。女の子の笑顔を見るのはやっぱり好きだ。
最後は桐生ーーなのだが、タイミングが掴めないのか困った顔でまごついている。見かねた麗奈が肩を叩いて促した。それでも言いづらそうに、おずおずと桐生は口を開く。
「あの……由美。実はその……俺からもプレゼントがあるんだが……」
「えー、ホントに?ありがと〜!」
「その……これなんだ」
自信なさげにプレゼントを差し出す。本当に女の子の対応が苦手すぎて、見ているこちらがそわそわしてしまう。幼馴染でこれなら、他人だとどうなってしまうのか。
包装を解いて小さな指輪ケースを開けた。中に収まっている指輪を見て、由美は瞠目する。
「この指輪……一馬が、私に?」
桐生は小さく頷いた。
「おいおい、なんだよそのダッセェ指輪……安っちいデザインだなぁ」
「こぉら!そういうこと言わないの!」
プレゼントを貶す錦山を麗奈が嗜める。アスカも軽く肘打ちをして黙らせた。流石に言って良いことと悪いことがある。
「あ、私の名前が彫ってある!」
「余計だったか?」
「ううん、そんな事ない!ありがとう……。大事にするね」
喜ぶ由美を他所になんとも言えない感情が両隣から発せられているのに気付いた。錦山とーー麗奈だ。ちらりと麗奈を横目で確認すると何か考え込んでいるのかぼんやりとしている。錦山が由美を好きなのは薄々気付いてはいたが、もしかして……。
「ねぇねぇ、私の誕生日はどうしてくれるの?」
「さぁなぁ……」
「じゃあ、桐生ちゃんからはイヤリング、アスカくんからはネックレス!で、錦山くんからは……指輪とか!」
麗奈の言葉で確信した。ああ、やっぱり麗奈は錦山の事が好きなのだ。別に良いけどさ、という錦山に麗奈は表情を緩める。
親友達の四角関係に、人知れず気付いてしまってアスカは静かに嘆息した。
「じゃあ、麗奈ちゃんに似合うネックレス探してこなきゃな!俺自信あるから楽しみにしてて!」
「ふふ、ありがとう。楽しみにしてるわ」
結局、その約束は果たされないことをこの時の俺達は知るよしもなかった。
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