- ナノ -

龍が如く1

09:プレゼント


1995年6月ーー

昭和通り東にあるブランドショップ、ル・マルシェに入った。服や鞄は勿論、香水や貴金属まで取り扱っているこの店はプレゼントを買うのに丁度良い。女性物の商品が多いため、男性が入るにはやや勇気がいるが、今日は目的があるため気にせず扉を押し開けた。後ろにいた桐生はほんの少し躊躇しつつアスカの後を追いかけた。

何故桐生と共にこんなところに来ているのかというとーーもうすぐ由美の誕生日でパーティーをしようとなったのだが、桐生がすっかり誕生日を忘れていてなにも用意していなかったらしい。という訳でプレゼントの調達のため急遽ル・マルシェに来たのだ。何を買えばいいのか分からないという桐生のためにアスカが付き添い、錦山はケーキの買い出しだ。

ル・マルシェの店内の天井には小振りだか存在感のあるシャンデリアが吊り下げられ、ガラス張りのショーケースにはネックレスや財布が綺麗に陳列されている。それらを桐生は困り顔で眺めていた。

「どういう物をプレゼントするべきなんだ……?」

「由美ちゃんなら一馬からの贈り物ならなんでも喜んでくれそうだけど。アクセサリーとかじゃないか?」

喧嘩と取立ては得意なのに、こういう事はからっきしらしい。そこら辺も含めて桐生の良いところなのだが。

「アスカは何にしたんだ?」

「俺?イヤリングだよ。ピンクダイヤモンドの良いやつ」

「そうか……」

アスカの答えを聞いて、桐生は悩ましげに唸った。一応麗奈は指輪はどうかと提案していたが、まだ決めかねているようだ。暫く店内をうろうろと物色する桐生に付き合う。

「決まったか?」

店内をぐるりと一周して、アスカの元に戻ってきた。見回ったにも関わらず桐生はまだ渋い顔をしていて、アスカは苦笑してしまった。

「……アスカ、俺には決めれん」

「仕方ねぇなぁ……なら、ここはプロに任せようぜ」

ほれ、と桐生を手招きして、奥のカウンターへ向かう。人の良さそうな店員がアスカ達を見て、愛想の良い笑みを浮かべてお辞儀した。

「すみません。この人が女性にプレゼントを考えてて……何か最近女性物で人気のアクセサリーってありますか?」

慣れない店で慣れない買い物をするせいかどぎまぎとする桐生の代わりに訊ねる。

「そうですね……此方の指輪なんてどうでしょう?フランス製の指輪で、女性のお客様からとても人気が高い一品です。因みにこちらが最後の一点でして、次回入荷は未定となっております」

カウンター奥のショーケースから指輪ケースを取り出して、アスカ達の目の前に置いた。二つの輪が重なったようなシルバーリングの中央に赤い宝石が埋め込まれている。店員が言うにはシンプルながらも存在感のあるデザインが人気だとか。

「よし、これをくれ」

じっと見つめてから桐生は即決した。まだ値段も聞いていないのに頷いていいのかと思ったが、指輪くらいならそこまで高額にはならないだろうし、気にしないことにした。

「サービスでお相手のお名前の刻印をすることもできますが、如何いたしましょう?」

「そんな事もできるのか……それじゃ、"YUMI"って入れてもらえるか?」

「はい、承りました。……では、刻印して参りますので暫くお待ちください」

会釈をして、店員は指輪を持って奥へと引っ込んでいった。その間、アスカと桐生は手持ち無沙汰に店内を物色する。

「アスカはこういう店にはよく来るのか?」

「まあ、そこそこは。自分用に香水とかピアスとかアクセサリー買いにな」

両耳に付いたピアスとイヤーカフを指差すと、桐生は興味深そうにする。ひとつひとつは派手ではないが、個数が多いためやや目立つ。アシンメトリーに付けられたそれらはある意味アスカの個性のひとつだ。

「そんなにじっくり見られると照れるんだけど……」

確かにピアスなんてあまり着けている人を見掛けないが、そんなに眺められるとむずむずする。す、すまんと謝罪して桐生はすぐにアスカから離れた。それでも目線はアスカの耳元に集中している。

「いや、その……よく似合っているな」

「へへ、ありがと」

桐生の賛辞にアスカははにかむ。チャラいとはよく言われるが、似合ってると誉めてくれたのは桐生が初めてだ。素直に嬉しい。

そんな話をしていると先程の店員が奥から出てきた。

「お客様、お待たせいたしました。お会計を致しますので此方へお願いします」

「あぁ、わかった」

レジに表示された金額は指輪にしては中々良い値段だ。財布を取り出し中身を確認して、ぴたりと桐生の動きが止まった。そしてぎぎぎ、と油をさし忘れた機械のように桐生が振り返る。その顔は助けを求めていて、アスカは呆れながらも自分の財布を取り出した。

「……幾ら足りないんだ?」

「すまん、アスカ。二万だ」

「はいよ」

アスカの財布の中身もそう多く入ってはいないが、求められた金額を桐生に手渡す。心底申し訳なさそうにしながら桐生はお札を受け取り、代金を支払った。

「ありがとうございました。またどうぞお越しくださいませ」

店員に入り口まで見送られて、アスカと桐生はル・マルシェを後にした。



prev next