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龍が如く4

03:金融屋


冴島靖子の写真のコピーを片手に街を彷徨く。写真は貰ったとはいえ、手がかりはほとんどないに等しい。ここ数日は全く収穫がなく、内心アスカは焦っていた。

「仕方ねぇな……」

街中で手袋を外すのは好きではないが、依頼とあらば使わざるを得ない。おもむろに革手袋を外す。

「……、あぁ、うるせぇな……」

昔よりも鮮明に聞こえてくる町行く人々の心の声。心を落ち着かせて、意識を集中させた。必要な情報だけを拾い上げるために、目を閉じて耳を澄ます。

冴島靖子の情報を……ーー

「ーー君、大丈夫……?」

「!?」

とん、と背中に手を添えられて、弾けるように目を見開いた。品の良い上質そうな赤いスーツに身を包んだ人の良さそうな男が此方を覗きこんでいる。

「具合、悪いの?」

心配そうに訊ねられて、アスカははっと我に返った。

「ーーあ、いや、すまない……大丈夫だ」

やや間を開けつつも答える。それよりも、だ。男から流れ込んだ記憶に、写真と同じ顔が視えた。

記憶の中の彼女はリリ、と名乗っていたが、25年の時を感じさせないほど当時と変わらぬ姿をしていた。リリは冴島靖子本人で間違いないだろう。

「そう?何だか君ぼーっとしてるけど……良かったら俺のとこの事務所で休めば?」

色々と考え込んでいたのが具合が悪そうに見えたようだ。事務所、と言われヤクザかと身構えたが、男が指差した場所は伊達のいるニューセレナが入る雑居ビルだ。看板にはーー

「スカイ、ファイナンス……?」

ファイナンス、と言うことは金融関係の事務所のようだ。男の身なりの良さも頷ける。

「あ、無理にお金貸して、請求したりしないから安心して」

何もその辺に関して心配はしていないが、アスカの都合の良いように勘違いをしてくれたため何も言わずに男の後を着いていくことにした。

スカイファイナンスの事務所は、一言で言うなればごちゃごちゃしていた。応接用のテーブルはまだ小綺麗にされていたが、奥の事務机には大量の本や分厚い書類ファイルが積まれている。真島組の事務所も組員の部屋はぐちゃぐちゃだったし、どこも似たような物なのかもしれない。

「ここ座っていいよ、どうぞ」

応接用の黒い革張りのソファを軽く払いながら、男が促してくる。その言葉に甘えアスカはソファに腰かけた。

何となくでここまで着いてきてしまったがどうするべきか。

「あー……参ったな、花ちゃんいないのか……」

アスカが考えをあぐねていると、後頭部を掻きながらぼそりと男が呟いた。他にも従業員がいるらしい。不自然でないように心掛けながら、テーブルに指先を置く。

髪をお団子にしたふくよかでメガネをかけた事務服の女性が視えた。成る程、彼女が花ちゃんのようだ。

「ごめんね、花ちゃんが帰ってきたら、お茶出すよ」

ーー俺、不器用でね。
確かに細かいことは苦手そうだ。転がり込んだのはこちらの方だし気にしないでくれ、とアスカは苦笑する。

「悪いね…………手、凄い傷だね」

男の視線が右手に集中している。そういえばずっと手袋を外したままだった。

「あ、悪いな。見苦しいもの見せちまった……」

手の甲から手のひらへ貫通した裂傷跡に指先と所々に赤黒く変色した火傷跡。桐生や真島は気にせず触れてきたりするが、カタギの人間には普通ではあり得ない傷跡は刺激が強すぎるだろう。謝罪をして、即座に傷を隠すように手袋をはめた。

「君ーー……いや、そういえば名乗ってなかったな……俺は秋山だ。君は?」

「俺はアスカ・フェザーストンだ」

話し出そうとしてお互い名前も知らぬことを思い出したようで、男ーー秋山は名乗った。それにアスカも倣う。

さて、どうやってこの男から冴島靖子のことを聞こうかと逡巡する。もし冴島靖子がお金を借りていたとしてもストレートに聞いてしまうと秋山の性格上、はぐらかされるだろう。

「もしかしてアスカくんってあっち系の人だったりする?」

「え?いや、違う……けど、」

あっち系。つまりヤクザかと聞かれて、少し驚きつつも否定する。視線を下へ落とし、手袋に包まれた自分の手を見つめた。この手の怪我を見たら勘違いをするのも無理もない。

「けど?」

「この傷を付けた奴は、極道だったな……」

「極道がカタギに手、出したの?」

秋山の問いに小さく頷いた。錦山を思い出して、つきりと胸が少し痛む。

「そういうの、最近多いよねぇ……嫌だなぁ……」

同情するような口調に、アスカは眉を下げて困ったように笑った。あれほどの暴力を受けても錦山の事は恨んでもいないし、憎んでもいない。

「……そうだな」

彼がまだ生きていたならば。もう一度会えるなら。俺は間違いなく赦しただろう。彰は桐生や真島と同じくらい大切な友人だったから。

「あれ!?秋山さん、集金はどうしたんですか!?」

二人の間に落ちた暗い雰囲気を吹き飛ばすように明るい声が事務所に響きわたる。出入口へ視線を移すと、先程サイコメトリーで視た女性が両手に買い物袋を提げていた。

「あ、花ちゃんお帰り〜」

のんびりとした様子で手をヒラヒラと振っている秋山を見て、花ちゃんは眉をつり上げた。足早に近くの事務机に荷物を置くと、秋山へ詰め寄る。

「あのお客さんの集金日!!もう3日も過ぎてるんですよ!!?いい加減にしてください!!逃げられちゃいますよ!!!」

「あはは、ちゃんと明日行くから……ほら、お客さんも来てるから、ね?」

マシンガントークを続けそうな花ちゃんを秋山は宥めているが、話の内容を聞くに彼女の怒りももっともである。秋山の言葉に花ちゃんはやっと此方を見た。ふくよかではあるが、可愛らしい顔をしている。

「あっ!すみません、お茶も出さずに……!」

アスカに気づいた花ちゃんの行動は早かった。給湯室へ駆け込み、お茶をおぼんに乗せて持ってくる。

謝罪と共にアスカの前に湯飲みが置かれた。

「ありがとう」

「これが、私の仕事ですから……秋山さんは私がいなくてもお客さんにお茶くらい出してください!」

腰に手を当て、秋山を一睨みしてから花ちゃんは買い物の仕分けをしに戻っていった。ぱたぱたと忙しなく動く背中を眺めながら、お茶を啜る。渋味も少なく飲みやすい、いい緑茶だ。

「なんつーか……客でもないのに、居座って悪いな」

「アスカくんは気にしなくていいから、いいから。どう?具合良くなった?」

「あぁ、大分よくなった。長居するのも悪いからお茶貰ったらお暇するよ」

元々、具合が悪かった訳ではないのだが、秋山に話を合わせておく。こうも付きっきりでいられるとサイコメトリーも難しそうだし、ここでの冴島靖子の情報収集は諦めるしか無さそうだ。それよりも早くここを出て冴島靖子の痕跡を辿る方が良いだろう。そのついでにスカイファイナンスのことも調べておこう。

お茶を飲みながら、次の予定の計画を頭の中で組む。ある程度の情報が集められたら南にも手伝ってもらおうーーあまり気乗りはしないが、人手は多い方がいい。

(あ、茶柱立ってる)

何か良いことあるかも。なんて夢見がちなことを考えながら、緑茶を飲み干した。


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