- ナノ -

龍が如く1

01:狙われた兄弟1


1990年某日ーー

カラの一坪の事件からもう二年が経過した。神室町再開発計画は順調に進んでいるようだ。世良の手腕ならば、間違いなく上手く出来るだろう。自分が三代目になる事に関しては非常に消極的だったが。

誰もが金を手にしていたあの華々しいバブル経済も徐々に右肩下がりになっていた。そのせいか、神室町は二年前と比べれば随分と落ち着いている。それだけでゴミだらけだった街も少しだけ綺麗になったように見えた。

赤牛丸で夕飯を済ませたアスカは特に行く宛もなく街をぶらつく。用事もなければ、別段気になる情報もない。桐生や錦山は上へのしあがろうとシノギに精を出していて邪魔をするのは悪いと思って此方からは連絡を取らないようにしていたら、かれこれ1ヶ月は会っていない。別に構わないが、ちょっぴり寂しい。

「お前は喋んなくていいよ!今から死ぬんだからなぁ!!」

荒々しい怒声が路地奥から聞こえてきて、アスカは足を止めた。曲がり角に忍び寄り、奥を確認する。灰色のスーツの男を数人が取り囲んでいた。それだけならただのチンピラの喧嘩だとスルーしただろう。

「てめぇら……!」

聞き慣れた声色にアスカは返しかけた踵を止めた。騒々しい怒声と殴打の音。聞き苦しい野太い悲鳴を上げながら男が角からぶっ飛んできて壁に当たって倒れる。驚いて声が出そうになって思わず両手で口を押さえた。

(……って何で隠れてんだ)

何も隠れる必要などないのに、職業柄か反射的に壁に張り付いて息を潜めていた。身体から力を抜き、ゆるゆると息を吐き出す。

数分もすると騒がしかった路地に再び静寂が戻った。武器を持った数人のチンピラを物ともせず、あっという間に伸した桐生にナツキは影からひょっこりと顔を出してパチパチと細やかな拍手を送る。

「……アスカ」

呆れたような、微妙な表情をして、桐生がため息を吐いた。それにアスカは舌先を出して、後頭部を掻き、ウィンクをする。巷で有名な"テヘペロ"と言うやつだ。

「俺が手を出したら逆に邪魔かな〜って!」

「確かにお前に助けられるまでもないがな……」

「でしょ?」

気絶した男をひょこひょこと跨ぐ。倒れ伏した男達の内の一人が気絶した振りをしながら、然り気無く腕を懐に突っ込んだのに気づいた。丁度桐生の後ろに位置するためまだ桐生は気づいていないようだ。良くも悪くも桐生は詰めが甘い。

懐のーー恐らく銃を掴んで男は勝利を確信したのだろう。にやりと笑みを浮かべる。それはアスカも同じだった。男が動き出すよりも前にアスカは軽やかに地面を蹴り、桐生の横をすり抜けると男の頭部を容赦なく蹴り飛ばした。

「桐生チャーン、アマアマやでぇ?」

今度こそ男は昏倒し、白目をむいて倒れた。肩越しに振り返り、不敵な笑みを浮かべながら取って付けたような関西弁を喋ると桐生はやや冷めた目でアスカを見る。

「……それは真島の兄さんの真似か……?」

「あれ?似てなかった?」

「そこまで悪くはなかったが……。いや、それよりこいつらだ」

律儀に評価を答えてくれる辺り、桐生は優しい。次は真島の前でやってみようと心の中で密かに決意をした。

なにか知らないか?と問われ、アスカは昏倒した男の顔を幾つか確認して、起こさないようにそっと手を触れる。そこら辺によくいるカラーギャングの連中だ。桐生を意味もなく狙うような奴らではない。となれば、誰かから大金を積まれて雇われたであろうことは想像に難くない。そこから推測すればサイコメトリーを使わずとも自ずと答えは出てくる。

「半グレのチンピラだね」

「半グレ……?なんでそんな連中が俺を……」

狙われる理由が全く分からない、と桐生は首を傾げる。喧嘩は誰にも負けない癖にこういう所はやけに鈍い。いや寧ろ敵が多すぎて逆に分からないパターンなのかもしれない。

「……こいつら、堂島組に雇われてたみたいだよ」

男の傍に落ちていた折り畳みナイフを拾い上げ、手で弄びながらアスカは振り返る。"堂島組"の名前を出すと桐生は眉を潜めた。流石に堂島組なら心当たりは有りまくりだろう。二年前あれだけ大暴れしたのだ。となると錦山も狙われているはずだ。

「なら錦の所にも……」

「このレベルのチンピラなら彰の敵じゃないだろ」

兄弟分の身を案じて顔を曇らせている桐生に苦笑する。錦山もああ見えてそれなりに強いのだし、そこまで心配しなくとも大丈夫だと思うのだが、どうにも心配性の桐生は不安で仕方ないようだ。

「なら探しに行くか?」

桐生が頷く。パチン、とナイフを折り畳んで、路地の隅に置かれていた薄汚れた青いポリバケツへ投げ入れてから、アスカは桐生と共に踵を返した。

路地を出て、とりあえず劇場前広場へ向かった。目に痛い程のゲームセンターのネオンと、騒々しいBGMが雑踏と混ざりあって鼓膜を打つ。錦山を探そうと辺りを見回そうとした時だ。

「桐生だな?」

体格の良い黒いスーツのいかにもな男が足音もなく近づいてきてぎろりと桐生を睨む。先程のチンピラからグレードアップして殺し屋にでも依頼したって所だろう。

「アスカ、下がっていろ」

「おう」

言われるままに戦闘の邪魔にならぬよう後退する。無名の殺し屋一人に桐生が負けるはずがない。

「くくく……一人で戦っていいのか?」

「あぁ、お前くらいなら俺一人で十分だ。掛かってこい」

拳を鳴らし、落ち着いた様子で戦闘体勢をとる桐生が気に入らなかったらしい。殺し屋は眉をつり上げて、目を血走らせた。

「その余裕面!ぶっ潰してやる!!」

なんの武器も持たずに飛びかかってきた殺し屋を桐生は素早く避けた。



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