- ナノ -

龍が如く0

extra:世良


アスカの怒声が東城会本部の一室に響き渡った。

「どう言うことなんですか世良さん!!」

案の定と言うべきか。通帳に印字された数字を見て度肝を抜かしてしまった。契約した金額を大幅に上回った金額が振り込まれていたのだ。

前のめりになりながら、力強くテーブルを叩く。流石に今回ばかりは受け取れない。

「どういう手違いでこんなに報酬額多くなるんですか!」

予定していた金額よりも桁が一個、増えていた。末尾に0が増えるだけで恐ろしい金額の差がでてくる。入力し間違えたというにはあまりにも無理がある。

半ばキレ気味のアスカに、世良が肩を竦めて笑った。これは確実に悪いと思っていないやつだ。

「言ったところでダメなの分かってたんで、今日は持ってきたんですよ!!返金です!返金!!」

ソファの脇に置いていたアタッシュケースを世良の目の前に置いた。報酬の余剰分、現生の1000万円だ。

「わざわざ持ってきたのか……」

「あ、た、り、ま、えです!そうでもしなきゃ受け取ってくれないじゃないですか!」

ずいっとアタッシュケースを世良へと押しやる。手を伸ばそうともしないあたり、受け取る気はさらさら無さそうだ。

「それは俺からの礼だ。船の件、部下から聞いた」

「あれは、俺というより一馬と彰の力ですよ……後、柏木さん」

「渋澤を倒したのは確かに桐生たちだが、お前は俺の部下の手当てをしてくれただろう?お陰で被害は最小限ですんだ」

「それは良かったですけど……だからってお金は受け取れませんからね!」

さりげなくアタッシュケースを此方側に押し返してくる世良に、アスカは声を大きくする。お金の押し付けあいだ。出入り口に立っている世良の部下も半笑いで成り行きを見守っている。

「お前は頑固だな……わかった。せめて2本、持っていけ」

「……1本」

「いや、2本だ。これは譲らん」

アタッシュケースの中から、万札の束を二つ取り出してアスカの目の前へ置いてきた。眉間にシワを寄せて、そのお金を見つめる。本当なら受けとりたくはないのだが、世良もこうなったら引かないだろう。

「わかりましたよ……」

ため息をつき、札束に手を伸ばした。受け取った札束を無造作にスーツのポケットに突っ込む。

用件は済んだ。世良も本家若頭になって忙しいはずだ。あまり長居するのも良くないと思い、アスカは立ち上がった。

「門まで送ってやる」

「え?別にそこまでしてもらう必要ないですよ」

「俺がやりたいだけだ。お前のことは気に入ってるしな」

好意を断るのも悪いと思い、それならと頷いた。部屋を出て世良と共に玄関に向かう。

日侠連も世良が本家の若頭になったため、あの船から東城会本部に拠点が変わったのだ。まさかこんなことで一般人のアスカが東城会本部へ足を踏み入れることになるとは思わなかった。

他愛ない話をしているとどこからかドーベルマンがアスカの側へと駆け寄ってきた。首輪をしているところを見ると、どうやら東城会本部で飼っている犬のようだ。

「お!犬だ!俺犬超好きなんですよ!犬っていうか動物全般好きなんですけど……」

すり寄ってきたドーベルマンの首もとをわしゃわしゃと掻き撫でながら、世良へ振り返った。が、先程までアスカの側にいたはずの世良の姿が見当たらない。首を傾げて、視線をさ迷わせると10メートル程離れた所で化け物を見たような顔をしていた。

思わず、犬を撫でる手が止まる。

「……世良さん?」

「どうかしたか?」

……それは此方の台詞である。会話をするには少々、いや、かなり距離がありすぎる。

「まさかとは思いますが、犬ぎーー」

「そんなことはない」

「ならこの距離感どうにかしてくださいよ……」

アスカが一歩踏み出すと犬もついてきて、世良は一歩下がる。二歩、三歩……前進後退。永遠に世良との距離は縮まりそうにない。

「人には嫌いな物のひとつやふたつあってもおかしくないので気にしてませんよ……」

アスカに同意するように犬が足元でワンと元気よく吠えた。その瞬間に世良の手がスーツの内ポケットに伸びる。極道のスーツの内に隠されている物の予想は大体つく。

「世良さん……それは流石に……」

抜き出された手に持たれていたのは想像の通り拳銃だった。東城会本部で飼われているだけあって、犬もそれが何か危険な物であると分かっているようで、ぐるぐると唸り声を上げ始める。

突然始まった犬と世良の睨み合いにアスカは脱力した。犬相手に撃つわけないと思いつつも、世良の顔を見ていると何だか不安になる。

カチッーー

「いやいやいや!ちょっとストップ世良さん!!」

セーフティを外す音を聞いて、アスカは思わず犬と世良の間に入る。これはガチのやつだ!

「アスカ、そこを退け。猛獣は始末しなければ……」

「猛獣って!ただのかわいい犬じゃないですか!!」

大型犬とはいえただの犬をまるでライオンかハイエナみたいな表現をする世良に鋭く突っ込む。犬嫌いにも程がある。

「どこがだ!牙を剥いて唸ってるじゃないか!」

「それは世良さんがそんなもん向けてるからでーー」

タァンーー

乾いた破裂音。アスカと犬に当たりはしなかったものの、背後にあった灯籠に穴が空き皹が入った。

「せ、世良さぁあん!!!?」

本当に冗談では済まない。銃声とアスカの絶叫を聞いて、一瞬にして本部が慌ただしくなる。何事かと組員が一斉に建物から飛び出してきた。

そして、アスカと世良と犬を見て、納得したように生温い表情を浮かべていた。

「何だ、また世良さんの犬嫌いか……」

状況を確認して、何事もなかったかのように持ち場へ戻っていく。

無言で銃を構える世良。唸る犬。再び鳴り響く銃声。鼻先を銃弾が掠めた。

「誰かぁあ!!世良さんを止めてぇ!!」

アスカの絶叫が本部に響き渡った。


世良が正式に東城会三代目に就任してから、東城会の庭園からドーベルマンは姿を消してしまった。始末した訳ではなく、地方の組に引き取ってもらったのだと世良の部下から聞いた。


prev