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龍が如く0

28:幸せならいいや


吉田バッティングセンターを出て、目的もなくただぶらぶらと真島の後ろをついて歩いていた。真島の姿を見ただけで面白いほどに人が避けて行く。

不意に騒がしくなり、前を確認する。少し先でチンピラ風の男が二人、道のど真ん中で誰かと揉めているのが見えた。何とかしてくれるだろうと真島の背に隠れるように後退する。真島に気付いた男がにやりと笑った。

「兄貴。見てくださいよ、いい女でしょ?楽しませてもらってからビデオに撮りゃ、いい金になりまーー」

不自然に男の言葉が途切れた。拳を振り抜いた真島が無言でその男を鋭い眼光で睨む。前触れもなく殴られた男は頬を押さえて呆然と真島を見上げている。

「何やってーー」

何やってんだ、と声をかけようとしたアスカまで思い切り頬を殴り飛ばされ、地面に尻餅をつく。突然、理不尽な攻撃をされて、反論をしようとしたアスカの口元を真島が乱暴に鷲掴んで押さえこんだ。勢いよく掴まれたせいで後頭部をアスファルトにぶつけ、口を押さえられたまま悶絶する。

「(黙れ、ドアホ!!)」

「!?」

もはや爆音のレベルで真島の感情が脳内に響き渡り、アスカは硬直する。顎でしゃくる真島の肩越しに、驚いた顔でこちらを見つめているマコトの姿が見えた。黙らせたい理由は分かったものの、もう少し他の方法で黙らせてほしかった。後頭部がじんじんと痛むせいで涙が目尻にちょちょ切れる。

アスカが大人しくなったのを確認すると、やっと真島は上から退いた。それからマコトに歩みより、その顔をじっと見下ろす。胸に両手を押し当てながら、マコトは怯えたように真島を見つめ返した。

マコトの反応で察したが、あの頃は目が見えていなかったからマコトはアスカの顔も真島の顔も知らないのだ。その事実に気付き、アスカは少し眉を下げた。

「あ、あんた、マコトさんに何する気だ!今すぐ、彼女から離れろ」

男が一人、果敢にもマコトと真島の間へ割り込んできた。背は真島よりも低いが、真面目そうな顔をした男だ。マコトを守るように背に庇い、真島を睨み付けている。

「違うの!この人は助けてくれて……」

擁護をするマコトの言葉を無視し、真島は男に詰め寄る。その威圧に男は数歩、後退したが目線は反らさない。何をするつもりなのかと二人の様子を見ていると、真島は突然男の肩に手を回し、少し離れた場所で何か話し始めた。

残されたアスカはマコトの前で居心地の悪さに視線をあちらこちらへさ迷わせる。どういうつもりなのか、どうやら真島はマコトに自分の事を知られたくないようだった。真島の意思を尊重するとアスカも喋るとバレてしまうため、一言も発っせない。

痛む後頭部を擦りながら、ため息を吐き出す。いきなり頬を殴られたせいで口もどこかしらを切ったようで血が顎を伝う。鉄さびの味が気持ち悪い。

「……あのこれ、どうぞ」

「!」

差し出されたのは、綺麗に折り畳まれたハンカチだ。暫くそれを黙って見つめていると、マコトはアスカの腕を掴み、ハンカチを握らせた。

「血、拭いてください」

「ぁ…ーー」

ありがとう、と言いかけて、押し止める。開いた口をそのまま閉じた。不自然なそれにマコトは不思議そうに首をかしげる。一言も喋れないのもそれはそれで難儀なものだ。視線から逃れるように顔を背けながら、口元にハンカチを当てた。

男と話をして、中々戻ってこない真島に内心でヘルプコールを送る。いい加減無言で居続けるのも限界がある。変人を見るような視線がグサグサと突き立てられ、顔がひきつった。でも、それでも、真島の思いを汲み取るならば、何も言えない。

もうマコトを極道に関わらせたくない。
マコトに幸せになってほしい。

好きだからこそ、マコトのために身を引くつもりでいるのだ。その優しさに胸がつきりと痛んだ。

男との話がようやっと終わったらしい。こちらに向かって、来い、とハンドジェスチャーをされて、アスカは安堵の息を吐き出しながらその後を着いていく。マコトの目線が真島からアスカへと流れた。

ーーげんきでね。

隣を通りすぎる一瞬。目があったその時に笑みを浮かべて声を出さずに口だけを動かした。マコトの反応を見ずに、アスカはすでに遠く離れた人混みに紛れそうな真島の背を追って、駆け出した。


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