- ナノ -

龍が如く0

26:決着


怪我の具合を確認して、危険度が高い人から応急処置をする。こういう時の手当ての仕方は一通り知識として覚えていた。勿論、医者ではないため本当にある程度しかできないが、なにもしないよりかは良いはずだ。

「ぅ……」

「大丈夫ですか?今止血してます」

呻き声を聞いてアスカは声をかけながら、傷口にタオルを押し当てた。薄く目が開かれ、アスカを見上げてくる。

「き、君は……情報屋の……」

「はい、そうです。大丈夫ですか?」

撃たれてはいるが、幸い命に危険のある箇所ではなかったから、目が覚めたのだろう。上体を起こした男の背中を支える。

「何とか、大丈夫そうだ……。くそっ渋澤め……!」

苦々しげに悪態を吐き捨てて、立ち上がろうとする男をアスカは慌てて止める。他と比べれば比較的軽傷かもしれないが、撃たれているのだ。無理をするとまた出血する可能性がある。

「じっとしていてください。今、渋澤の元には桐生が向かっています」

「桐生一馬か……」

桐生の名前を出すと、男は力を抜きゆるゆると腰をおろす。内心でほっと安堵しつつ、アスカは辺りを見回した。カジノルームの日侠連の人達の粗方の治療は終わった。

「俺、もう少し先の方にーー」

「死ねぇぇええ!!」

怒声が響き、振り返った時にはナイフを携えた男が目の前にいた。突き出されたナイフに呼吸も忘れて目を見開き、身を固くする。

タァンーー

静寂に銃声が鳴り響いた。目の前の男の身体がぐらりと不安定に揺れて、崩れ落ちる。その後ろに立っていたのは銃を構えた柏木だった。

「大丈夫か?」

「ーーぁ、はい。何とか。助かりました」

止まっていた呼吸が再び酸素を供給するために動き出す。荒れ狂う心臓を押さえながら、アスカは長い息を吐き出した。

「桐生と錦山はどうした?」

「先に行ってます。俺は手当てをするために残ってたんです」

「ならお前も先に行ってこい。日侠連の連中は俺に任せておけ」

「!……では、お願いします」

柏木にはあまり信用されていない雰囲気だったため、その言葉は意外だった。驚きつつも、アスカは頭を下げてからカジノルームを後にする。


メインデッキを駆け抜けて、最上階のオープンデッキを目指す。堂島組の連中の死屍累々を横目でみながら、最上階へ続く階段をかけ上がった。

「駄目だ、桐生!!」

錦山の絶叫にアスカは息を飲んだ。

甲板にたどり着いた時には全ての決着は終わっていた。デッキの木目のあちこちには赤黒いが染み付いている。渋澤の顔は真っ赤に腫れ上がり、桐生の腕も赤く染まっていた。殺すつもりで殴らなければ、ああはならない。

「越えちゃ、ならねぇ……その一線越えちまったら、戻ってこられなくなる……!こいつ殺したとこで何にもならねぇだろうが!!」

荒い息をしながら、錦山は怒鳴る。痛いくらいに錦山の感情がその身に伝わった。

「勝手に先走んじゃねぇよ……兄弟!踏みとどまれ。いつか……最後の一線を越えなきゃならねぇ時が来たら……そん時は俺も一緒に越えてやる!」

「錦……」

ふたりに歩みより、アスカはその側へ座り込んだ。目を閉じて、この場所の思念を読み取る。桐生と渋澤の戦いが脳裏に映った。龍を背負った者同士の互角の戦いだったようだ。

冷えきった風がアスカの長髪を拐っていく。そっと息を吐き出して、アスカは口を開いた。

「……ふたりが一線越えても……俺はずっと親友だからな」

桐生と錦山が傷だらけの顔で振り向いた。その顔は少し嬉しそうに口元が緩んでいる。

「アスカ、ありがとよ」

「どういたしまして」

言葉を返して、アスカははにかんだ。


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