龍が如く4
02:依頼
ミレニアムタワー、57階。神室町の全てが見下ろせるそこには真島組が事務所を構えている。赤い壁がやや目に痛い。
どうしてアスカがここにいるのかと言うと、真島から呼び出されたからだ。詳しい話は事務所で、と真島にしては随分と真面目な口調だったため、アスカは事務所へ赴いたのだ。
「あん?誰やぁお前?行くとこ間違えるんとちゃうか?」
赤いジャージズボンに上半身裸の男がアスカに詰め寄り、ぎろりと睨みつけてきた。耳だけではなく、口元や眉にまで付けられたピアスがその男の凶悪さを追増させている。極めつけは上半身を殆ど埋め尽くしている刺青だろう。
「随分と酷い歓迎だ……組長に会わせてくれないか?」
「なんやおっさん!舐めとんのか!?お前みたいなんに親父が用あるわけないやろ!」
男の凄みにも臆することなく、なるべく穏やかに頼んでみたが案の定、聞く耳を持ってくれない。見るからに武闘派の男だし、出来ることなら戦いたくないのだが、どうしたものか、と悩む。そうしている間にも男はごきりと拳を鳴らして、今にもアスカに殴りかかってきそうだ。
「あっ!南!なにやってんだ!」
天の助けとはこの事だろう。男ーー南とアスカの間へ割り込んできたのは黄色いドカヘルを被った西田だ。真島組の常識人である西田を見て、アスカはほっと安堵の息を吐き出した。彼ならアスカが真島に呼び出されている事も知っている筈だ。
「すいませんアスカさん!こいつまだ若衆で……」
「や、まあ……いいんだけど……」
申し訳なさそうにへこへこと頭を下げる西田に苦笑する。それに不満げな顔をしているのは南だ。
「あぁ?西田さんこいつナニモンなんスか?」
「俺はアスカ。アスカ・フェザーストン。吾朗と20年来の付き合いでね。呼び出されたから来たんだ」
愛想笑いをしながら握手をしようと、手を差し出したが無視されてしまった。案外警戒心が強いらしい。無意識なのだろうが、上手く情報収集を避けられてしまった。
「そういうことだから、今後もよろしくな」
握られなかった手を引っ込めて苦笑する。西田が南の態度を咎めていたが、アスカは気にするなよ、と声をかけてから真島がいるであろう奥の部屋の扉を開けた。
「呼び出してまで何のようなんだ?」
奥の部屋も先程の部屋と良く似た赤い壁に幾つかの高価そうな壷や絵が飾られている。部屋の奥には高価そうな艶のある木製のデスク。それから応接用のテーブルと黒い革張りのソファ。
派手好きの真島に良く似合う部屋だな、と思いながら、真島の座るデスクのそばへと歩み寄った。
「わざわざ来てもろて悪いなぁ。アスカチャン、人探しするん得意やろ?」
「人探しの依頼は受け付けてねぇんだけどな……」
物探し屋はやっているが、人探しは受け付けてはいない。出来なくはないが、ややこしいことに巻き込まれないようにと物限定にしていたのだ。
一見の客ならいざ知らず、真島の頼みとなるとアスカも断り辛い。
「そんなこと言わんといてくれや。アスカチャンにしか頼まれへんねん」
両手の平を合わせて頭を下げられる。知り合いにこうやって頼まれると拒否するのが苦手なことを知って知らずか。アスカはため息をついて、頷いた。
「わぁーったよ」
了承を聞いた瞬間に真島はぱっと花咲くように顔を輝かせた。
「そんかわり依頼料高めに貰うからな……んで、誰を探すんだ?」
「ちゃんと払たるから安心せぇ。探して欲しいんはこの……」
デスクの引き出しから一枚の古びた写真を取り出し、アスカの目の前に差し出した。写真には穏やかに微笑む若い女性が写っている。古い写真だからか画質は良くはないが、丁寧に保管していたようであまり劣化していない。
「靖子ちゃんや」
靖子、と言われてもぴんとは来ない。右の手袋を外して写真を受け取った。悲しみや後悔の感情がうっすらと読み取れる。これは真島の感情なのだろう。
「冴島、靖子?」
名前をぽつりと呟くと真島は頷いた。それからデスクから身を乗り出すようにしてアスカの方へ手を伸ばしてくる。記憶を読め、ということらしい。
写真から手を離し、真島の手を握手するように掴んだ。そこから流れるように入ってくる25年前の記憶とそれに伴う真島の感情。痛みまで伝わってきそうな程のそれに思わず左目を押さえた。
「……っ!」
アスカがフラついたのを見て、真島が手を離した。テレビの電源が落とされるように記憶が止まる。ふ、と自然と荒くなった呼気を整えるように息を吐き出した。
「すまん、大丈夫か?」
「あぁ……悪い。ちょっと共感しすぎただけだ」
左目を貫通した短刀。他人の記憶だと言うのに自分の目が抉られたかのような気分だ。違和感のある左目を擦りながら、頭を振る。
冴島靖子の事と事件の顛末は粗方わかった。真島が靖子を探している理由も。
「靖子ちゃんは俺が守らなあかんねや。せやから、何がなんでも見つけてくれや」
「……俺に全部視せてまでいわれちゃ、俺も本気出すしかねぇな」
外していた手袋をはめ直す。思念のさざめきが薄れて、喧しさが消えた。
「せや、ウチの若衆の南好きにつこてくれて
ええで」
「南ってあの上半身裸の……」
入り口で出会った男の姿を思いだし、アスカはげっそりとした。それならばまだ西田の方が大分マシだ。
「んー……まあ、気が向いたら連れてくよ」
「あぁ見えてわりと強いんや、護衛に使たってくれ」
アスカの身を案じての申し出なのだろうが、あんなモヒカンの上半身裸を連れてあるいたら逆に目立って狙われそうだ。真島の好意を無下にするわけにもいかず、曖昧に笑って頷いた。
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