龍が如く0
25:戦争開始
アスカ達が芝浦ふ頭にたどり着いた時には日侠連のアジトである船を渋澤組が取り囲んでいた。一触即発。いつ戦争が始まってもおかしくないぴりぴりとした空気が漂っている。
車から降りると同時に冷えた外気がアスカの頬を撫でぶるりと身体を震わせた。乱入者に堂島組が気づかない訳もなく、数人がアスカ達を取り囲む。
「やつら堂島組だ。完全に日侠連を皆殺しにする気だぜ。俺らだけでイケんのか?」
「やるっきゃねぇだろ?俺はひとりでも戦うよ。世良さんには恩があるんだ」
人数の多さを目の当たりにして、弱気な発言をする錦山に言い返す。手袋を外して、ポケットへ仕舞った。組同士の戦争に手加減は要らない。本気で臨むのみだ。
「渋澤ぁ!!」
車から降りてきた渋澤は此方を見ると薄く笑みを浮かべた。駆け寄ろうとした桐生の前に堂島組が立ちはだかる。
「お前らの相手はこっちだ、桐生」
「てめぇら……!」
乾いた破裂音が響き渡る。ついに戦争が始まった。両者共に遠慮なく発砲し、バタバタと人が倒れていく。元々日侠連はそこまで人数の多い組ではない。数の暴力には勝てず、船への侵入を許してしまっている。
「こっちも始めようぜ!桐生!!」
こちらも戦いを始めようと戦闘体勢に入ろうとした瞬間、迫り来るエンジン音と共に眩いヘッドライトがアスカ達を照らした。手で目を庇いながら、確認しようとしたときアスカの真横を黒い何かが通り抜けて行く。
背後で地面に着弾し、ごう、と赤い炎を上げた。火炎瓶か焼夷手榴弾の類いだろう。荒っぽい攻撃にアスカは冷や汗をかいた。
「風間組か!」
敵の怒声でダンプカーの運転席に乗っているのが風間組の若頭である柏木だと漸く気づいた。ダンプカーが停まりきるよりも前に荷台から大勢の男達が飛び降りてきて、堂島組と交戦する。
「お前らは船だ、渋澤を追え!埠頭の連中は風間組が引き受けたぁ!!」
行く手を阻む堂島組を風間組が蹴散らして船までの道筋を開けてくれた。柏木の声に背中を押されるように桐生と錦山と共にタラップを駆け上がる。すでに船内は堂島組に掌握されてしまっていた。
船内に倒れる見知った顔の日侠連の組員を見つけて、アスカは顔をしかめた。手当てをしてやりたいが、今はとてもそんな余裕などない。目の前の男の攻撃を避け、桐生がこちらへ突き飛ばしてきた男に飛び膝蹴りを繰り出して止めをさす。
「ったく。世良さんのアジト滅茶苦茶にしやがって……許さねぇ、ぞ!」
振り返りざまに迫ってきていた男の頬を殴り飛ばす。その躊躇のない殴りっぷりを見た錦山がヒューと囃し立てた。
「アスカも中々やるじゃねぇか!」
「だろ?」
背中を合わせたタイミングで言葉を交わし、にやりと笑う。そして、それぞれ目の前にいる敵に攻撃を仕掛けた。
人数は多かったが桐生や錦山にかかればあっという間に殲滅できた。額に滲んだ汗をスーツの袖で拭い、深呼吸をして呼吸を整える。あまり悠長にしている暇はない。
甲板へと出て、船首へ向かおうとした時だ。
「アスカ!桐生!隠れろ!」
背後から銃声が聞こえた。錦山が隠し持っていた銃を取り出して、牽制射撃をしながら慌てて壁の出っ張った影にアスカと桐生を押しやる。
「くそ、後ろからも来やがった……!柏木さんは何やってんだ!」
様子をうかがおうと物影から覗こうとした瞬間に、顔のすぐ横で銃弾が壁をえぐり、アスカは小さな悲鳴をあげて背中を壁にくっつけた。その声を聞いた錦山にバカ、覗くんじゃねぇと怒られる。
「桐生、アスカ。俺がここで連中を食い止める。お前ら、ふたりで先に行け」
「彰、俺も残る。ある程度片付いたら日侠連の人達の手当てをしたいんだ」
先を促す錦山にアスカは首を振る。正直、アスカが行ったところで大して役に立てるとは思えない。それなら、アスカに出来ることをやった方が良い。
「一馬……マコトちゃんを頼んだ」
「だが……」
二人を残すのが不安なのか歯切れが悪い。
「こっちは彰もいるから大丈夫だよ」
「アスカは俺が守ってやるから、お前はあいつを止めてくれ!でねぇと風間の親っさんにも……死んだ立華にも顔向けできねぇだろ」
「……わかった」
二人に言われてようやっと桐生は首を縦に振った。目配せをして互いに頷きあう。
「俺が銃を撃ち始めたら先に走れ。いいか?俺らが追い付くまでに、渋澤とカタつけとけよーー……よし、行け!」
物影から飛び出し、錦山は絶えず銃を撃ち込み、桐生は船首に向かって走り出す。
錦山の銃弾が無くなったと同時に一気に敵の隠れる物影までダッシュする。銃声が聞こえなくなって間抜けにも顔を出してきた敵を思い切り蹴り飛ばした。
ドミノ倒しのように後ろにいた男たちも巻き込まれて倒れた隙にその手から銃をもぎ取り海へと投げ捨てる。
「勿体ねぇ……使やいいのに」
「手加減できねぇから嫌なんだよ」
ついうっかりで人を殺すなんてアスカは真っ平ごめんだ。戦うことはともかく、殺す覚悟なんてアスカにはないし、これからもするつもりはない。
「ーーこのクソガキがぁ!!」
「おっと……不意打ちは黙ってやらないと意味ないよ、おじさん!」
どこに隠し持っていたのか、視界外からナイフを振りかぶってきた男の攻撃を最小限の動きだけで避ける。勢い余って船の手摺にぶつかった男の背中を蹴りあげて海へ突き落とした。
「おじさんみたいに強制下船されたくなかったら、自分の足で降りてってくれないか?」
残った男二人ににっこりと笑いかけたが、当然聞き入れてくれるわけもなく、ふざけるな!と怒鳴られてしまった。アスカは肩を竦めて、嘆息する。
「お前、煽りすぎだろ。やめとけ」
「これも作戦なんだって!」
「っなめやがって!!」
青筋を立てて殴りかかってきたが、怒りに満ちて単調な攻撃ほど避けやすいものはない。逆側に避けた錦山が男に追撃しているのを視界の端で確認しつつ、アスカは奥にいたもう一人の男に攻撃を仕掛けた。
まずは右ストレートーー
姿勢を下げたアスカの頭上を拳が通り抜けていく。その腕を掴み、背負い投げの要領で船の外に飛ばす。少々距離を目測し間違えて、男の背中が船の縁にぶつかりくの字に曲がったのは気のせいだ。
「よし、一先ず殲滅完了かな」
錦山もちょうど男を昏倒させれたようだ。軽くスーツを整えて、錦山に向き直る。
「彰、俺はこの辺りの日侠連の人達の応急処置をしてるよ。だから、一馬の後を追ってくれ」
「けどよ、一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ。それに、そろそろ埠頭の方もカタつくだろうし、柏木さんが来たら俺もそっちへ行く」
桐生のことは一人で行かせたのに置いていくのは心配らしい。苦笑しながら、錦山の背中を押す。
「無茶すんなよ!」
「彰もな!」
デッキを駆け抜けていく錦山を見送り、アスカは再度船内へと入っていった。
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