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龍が如く0

23:金額交渉


肌触りの良い毛布に顔を埋めながら身動ぎする。薄く目を開けて、見覚えのない景色にはっとして勢いよく身体を起こした。

「あら、起きたのね。具合はどう?」

カウンターの向こう側から女性がコップを片手に尋ねてくる。そこでようやっと自分が具合が悪くなり、女性に助けて貰った事を思い出した。掛かっていた毛布を丁寧に折り畳みながら、アスカは頷く。

「そう。良かったわ」

目の前に差し出されたコップを受け取り、かさついた喉を潤わせる。

「ありがとう。ここは……?」

「セレナよ。天下一通りのお店」

名前くらいは聞いたことがある。年齢もそうだが、どこにでもあるような小さなバーだから一度も客として行ったことはないが、こんな形で来ることになるとは。

あぁ、と相槌を打ち、席を立つとアスカは凝り固まった身体を伸ばした。

「もう行くの?」

「やらなきゃいけないことがあるんだ」

店に掛けられてる時計を横目で確認した。すでにもう夕方近い。かなりの時間眠っていたらしい。暖かい所で休んだお陰で熱も下がり、大分気分も良くなった。

スーツのシワを軽く伸ばして、アスカは女性に頭を下げた。

「また日を改めて礼をしにくる。ありがとう」

「えぇ、待ってるわ」

小さく頷いて、アスカはセレナを出た。体調は万全というわけではないが、気にしてはいられない。マコトの捜索を再開する。

とはいえ、どこを探すべきだろう。無意味に神室町を走り回っても仕方ない。

「カラの一坪とか……か」

サイコメトリーも今なら問題なく使えるし、あそこなら何かしらの情報が残ってるかもしれない。

泰平通りから神室商店街へ向かおうとしていると目の前から傷だらけのスーツの男が数人身体を引きずるように歩いてきた。胸元のバッジには渋澤、と書かれている。

「ビンゴ……!」

すれ違うその瞬間に軽く腕に触れる。スリが財布を取るように、情報を盗んだ。向こうも満身創痍だからだろう、多少ぶつかっても舌打ち程度でアスカを無視してそのまま通りすぎていった。

ーー六本木のセバスチャンビル、展望テラス。

場所は分かった。早く世良に伝えなくては。アスカは即座にポケベルを取り出し、世良へと連絡を取る。

『49-666666』

『7847816-1064』

公衆電話で電話するよりもこちらの方が早いはずだ。上手く解読してくれれば良いのだが。数分もせぬうちに返信が来た。

『09-39』

強引な当て字で伝わるか不安ではあったが、どうやらわかったらしい。ほっと胸を撫で下ろす。後は世良に任せておけば何とかなるはずだ。

ポケベルを仕舞い、アスカは空を見上げながらマコトの無事を祈った。


それから二時間ほど過ぎた頃、アスカのポケベルが着信を告げる。確認すると見覚えのない電話番号が表示されていた。首をかしげつつもすぐに公衆電話へ向かった。

『ーー俺だ』

数コールもせぬうちに電話がとられた。聞き慣れた声にアスカは世良さん、と名前を呼ぶ。どうやらいつもと違うところからかけているらしい。

『報酬の事も含めて話したいことがある。亜細亜街の陳の店へ来てくれ』

「わかりました」

アスカが了承したと同時に電話が切られた。無機質な音を立てる受話器を無言で下ろす。テレホンカードを抜き取り、電話ボックスから出た。

亜細亜街は4つの通りの真ん中の雑居ビルに囲まれた狭い裏路地にある。亜細亜街という名の通り、この辺りには在日中国人を中心としたアジア系外国人が多く住んでいる。閉鎖的なコミュニティを形成しているため、ここに足を踏み入れる日本人は稀だ。

亜細亜街の入り口近くの壁に凭れていた中国人らしき男が横目でアスカの姿を上から下へじろりと見た。止められなかったところからするに、一応情報の伝達はされているようだ。

中国語の看板が細い通路に所狭しと並べられている。本来の読みは分からないが、何となく意味は分かる看板を眺めつつ、電話で聞いた店を探した。


味道好と書かれた中華料理屋。ここが世良の言っていた陳の店だ。ガラス扉を押し開けて中へと入った。裏路地の汚さとはうって変わって存外店内は小綺麗だ。

「あぁ、君が情報屋のフクロウだね」

席に座っていた真っ白い髪と髭を携えた老人がアスカを見上げた。彼がこの店の店主の陳のようだ。

「初めまして、陳さん」

品定めするような目線にアスカは居心地の悪さを感じながらも、向き直って頭を下げた。向こうからすれば中国人以外の異人は信用ならないのだろうが、あまりいい気はしない。

不快感を顔に出すことなく、アスカは視線を奥へと向ける。ここへ呼び出した張本人、世良が座っていた。

「早かったな」

「ちょうど近くの通りにいたので……」

向かいの席に座るよう促されて、アスカは一礼をして腰かけた。世良の表情から薄々感じるが、あまりよろしくない状況のようだ。

「まずは報酬の件だが……1000万くらいで問題ないか?」

「えっ……そんなに貰えませんって!」

さらっと巨額を提示されてぎょっとした。確かに情報の金額は明確な基準がなく言い値ではあるが、それでも行方不明になったマコトの居場所を探しただけでこの金額は少々高すぎる。

「先日の大阪の依頼料だって高額でしたし、受け取れません」

少し前に口座を確認したら、言っていた報酬よりも倍ほどある恐ろしい大金が振り込まれていてATMの前で唖然としてしまったのは記憶に新しい。当然、すぐに世良へ連絡をとったが、本人に取り次いでもらえず、結局抗議も出来なかったのだ。

「それだけマキムラマコトの情報には価値があったという事だ。素直に受け取っておけ」

渋るアスカに世良は呆れたようにため息を吐いた。

「お前は裏の人間相手にしてる癖に人が好すぎる。貰える物は貰っておけばいいだろう?」

「はいわかりましたって軽い気持ちで貰える額じゃないんですよ!俺は基本的に情報料安めなの世良さんもご存知でしょう!」

下は1万円から夫の浮気の情報から好きな人の好きなタイプの情報まで受け付けているのはここだけの話だ。もちろん情報に対してあまりにも安価過ぎるのも問題だが、高すぎても困る。

「100万で良いです!前みたいにふざけた金額振り込まないでくださいね!」

黙ったままだと勝手に高額な報酬を振り込まれそうだと感じて先に釘を刺しておく。それでも、世良ならやりかねないが一応。

椅子に座り直して、アスカは息を吐き出した。

「……それで、話したいことって何ですか?」

こんな下らない報酬の話でわざわざ世良がアスカを呼び出す筈がない。亜細亜街を選択してくるあたり、誰かに盗み聞きされたくない話題なのだろう。

「それはもう一人が来てから話そう」

「もう一人?」

首をかしげて聞き返すと同時に、店のドアが開く音がした。


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