- ナノ -

龍が如く0

22:一時休止


ピーピーピー……

胸元から鳴るポケベルの音で意識が浮上する。凍り付くような寒さに身体が痺れた。空はすでに青い。意識を失ってからかなりの時間が経っているようだ。

ずきずき痛む首筋を擦りながら身体を起こし、周囲を確認する。この寒空の下、劇場前広場の花壇の縁に乱雑に寝かされていたせいで身体の節々が痛む。凍死しなかったのは奇跡かもしれない。

「ったく……無茶苦茶しやがる」

悪態をつきつつ、立ち上がって軽く身体を解すと、ぱきぽきと小気味良い音が鳴った。それから、感覚のない指先でなんとかポケットからポケベルを取り出し確認する。

「世良さんか……」

見慣れた番号表示にアスカは呟く。また依頼だろうとは思うが、内容は薄々予想はできた。昨日のマコトの姿を思いだし、アスカは長く重いため息を吐いた。

堂島組を相手にカタギが対等な取引など出来るわけがない。力で奪い取り、恐怖で支配する。ヤクザとは常にそういうものだ。事が起こらないうちにマコトを止めなければならない。

劇場前広場にあるごみだらけの汚い公衆電話ボックスに足早に向かうと、アスカは電話を掛けた。

『アスカか?』

「えぇ。なんですか?」

ワンコールでとられた電話先から聞きなれた声がする。

『マキムラマコトが桐生の元から消えた。まだ土地の所有権の受け渡しも出来ていない』

やはり内容はマコトの件だった。マコトが桐生の元からいなくなったのは、流石の世良も予定外だったようで、声に僅かな焦りを感じる。

「俺も昨夜マキムラマコトを見つけたんですが、渋澤組の連中にやられてしまって……」

『お前らしくないな……。しかし、渋澤組か……』

「それよりも……マキムラマコトは堂島にカラの一坪の取引に10億だけじゃなく、若頭補佐3人の命を条件にしようとしてます。早く見つけなければ、マコトが危ない……!」

『なんだと?分かった。こちらも尽力しよう……お前も頼む』

受話器を置き、ガラスにもたれ掛かりながら緩く息を吐き出した。ここ一週間ほどで色んな事がありすぎて、身体を休ませる暇もない。気だるげな身体を動かして、電話ボックスから出る。

外気の寒さに身震いする。吐き出す息の白さに顔をしかめた。


マコトを探してすでに数時間が経過していた。マコトを手にいれたから、兵隊を退かせているのか渋澤組の連中も中々見つからない。寒さと疲れで集中が出来ず、うまくサイコメトリーも使えなくて苛立ちに舌打ちをした。

「ったく、俺はこう、肝心なときに……!」

悪態をつき、前髪を荒々しくかきあげる。焦っては事を仕損じるのもわかってはいるが、時間がないのも事実。こうしている間にもマコトが危険な目にあっているかもしれないのだ。

ふらり、と視界が揺れた。歪む世界にアスカは膝をつく。今まで気づかぬ振りをしていたが、熱っぽい。あんな寒空の下に一晩寝かされていたら風邪を引いて当たり前だ。

「気分悪……」

熱があると意識するとみるみるうちに身体が重みと怠さを感じる。道行く人はちらちらこちらを見るだけで通りすぎていく。外見のせいもあるかもしれないが、世知辛い世の中だ。

「貴方、大丈夫?具合悪いの?」

立ち上がることもできず項垂れていると、立てる?若い女性が心配そうに顔を覗きこんできた。左目の泣き黒子が印象的な長い黒髪の女だ。最近流行りの赤いジャケットを着ている。

「あぁ……近くの公園でいい、休める場所まで肩かしてくれ……」

「すぐ近くに私の店があるの。そこで休んで。今は営業時間前だからお客さんも来ないわ」

「いいのか?助かる……」

女性に肩を支えて貰いながら、天下一通りの雑居ビルまで歩いた。エレベーターで三階まで上がり、セレナと書かれた看板の店へ入る。落ち着いた高級感のある内装のバーだ。暖かみのあるオレンジライトが店内を照らしている。

「楽にしてて、風邪薬持ってくるから」

女性はテーブル席のボックスソファへ、アスカを座らせると店の奥へ足早に消えていった。残されたアスカはソファへ倒れこんで白い天井を見上げる。

(情けねぇ……)

いつもそうだ。肝心なときに具合が悪くなる。母が死んだときだってーーいや、今はそんな事を考えるのはやめよう。

ネガティブになりかけた思考を止める。

「薬、飲める?」

戻ってきた女性の手には水の入ったコップと市販の風邪薬があった。暖かい所で休ませてくれるだけでもありがたいのに、わざわざ薬まで用意してくれるとは聖人みたいに優しい人だ。

「あぁ、飲めるよ。ありがとう」

「毛布も持ってきてあげる。具合がよくなるまでここで休んでていいわ」

「ほんとに何から何まで悪いな……」

のろのろと身体を起こし、風邪薬を水と一緒に流し込む。冷たい水が身体の中に染み渡る感覚が心地よい。薬をのみ、ソファへ寝そべり目を閉じた。

毛布を掛けられた時にはもうすでに意識は闇へと落ちていた。

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