龍が如く0
21:泣かないで
あれから俺は世良から仕事の終わりを告げられ、新幹線で東京へ戻ってきていた。数日ぶりの神室町はいつも通りの活気に溢れている。
ーーアスカ!
色々と考え込みながら、目的もなくただぶらぶらと神室町を歩いていると不意に名前を呼ばれた。足を止め、声が聞こえた方へ振り返る。
「アスカ!こっちに帰ってきてたんだな!」
「ちょっと前にな」
小走りでこちらへ駆けてきて肩で息をしながら、錦山は目の前で止まった。妙に慌てた様子だ。
「……ってアスカ、どうしたんだよ。その怪我……」
呼吸を整えるように深呼吸をしてから、俺の口元にできた大きな青アザを見て錦山が目を丸くする。ちょっとな……と言葉を濁しながら、アザを隠すように手で覆った。焦っていたこともあってか別段アスカの返答を気にした様子もなくそれより、と錦山は切り出した。
「人を探してんだがよ……20歳くらいのショートカットの女の子でーー」
特徴を聞いて、真っ先に思い出したのはマコトだった。つい先日別れた彼女は無事土地の受け渡しをできただろうか。
「名前は……マキムラマコトってんだ」
「ーーぇ?」
まさかと思ってはいたが、そのまさかだった。錦山の口からでたマキムラマコトという名前にアスカは眉をひそめる。
「彰……その子を探してるのは、堂島宗兵の命令か?」
錦山は堂島組の組員だ。捕らえろと命令が出ていても可笑しくはない。もしそうなら、アスカは錦山を殴ってでも止めるつもりでいる。
声を低くしたアスカに錦山も眉を寄せた。
「いや、違う……なんだ?マコトの事、知ってるのか?」
「そうか。なら、良かった」
身体から力を抜いて、息を吐き出した。
「マキムラマコトの事は知ってる。俺が大阪に行ってたのは彼女を探してたからだ」
「何!?何でアスカがマコトを……?」
「言ってなかったが、俺は情報屋やってんだ。彼女を探してたのは……日侠連の世良さんの依頼でな」
錦山は驚き、目を見開く。本来なら依頼人の事を漏らすのはご法度だが、錦山の様子を見ると状況はあまり良くなさそうだし致し方ない。
「情報屋に、世良さんって……」
「ストップ。それよりマコトちゃんの事だ……何があった。彼女は一馬に保護されていた筈だ」
アスカの事を聞こうとしてくる錦山を止めて、マコトの事を聞き返す。何故、保護されていた筈の彼女を錦山が探しているのかがわからない。
「実はよ……」
錦山はマコトがアスカが別れてからの出来事を細かく教えてくれた。
尾田の裏切り、それから立華不動産の社長立華鉄の死とマコトとの関係性。立華はマコトがずっと捜していた兄だった。あともう少しで会える、その一歩手前で桐生達の努力虚しく久瀬の連中に殺されてしまったという。
「で、西公園のホームレスの家で保護してたはずなんだが……いつの間にか姿を消してたんだよ。白杖も持たずにな」
白杖も持たずに出ていった、となると目が見えるようになった可能性が高い。きっかけは……兄の死か。そんな辛いことでマコトの目が見えるようになるなんて皮肉なものだ。
李に続いて、肉親までを目の前で失って、自棄になってなければいいが。不安を感じて、アスカは苦い顔をした。
「俺も辺り探してみる。神室町からは出てない筈だ」
「あぁ。頼んだぜ」
頷いて、アスカは探すために駆け出した。
西公園近辺からマキムラマコトの痕跡を辿る。手袋を外してざらっとしたアスファルトに触れた。
見える景色に半透明の人影がざわめく。その中で1人覚束ない足取りの黒コートの女性がいた。顔を強ばらせながら俯き、歩くのはマコトだ。消えそうな思念を追った。
時折マンホールに躓き、転げながらもマコトは神室町を歩いていた。目的地はあったのかはわからないが、やや遠回りでカラの一坪、それから劇場前広場へと続く。
「そこの男前なお兄さん!たこ焼きどう?」
広場でたこ焼きの屋台を出している人の良さそうなおばちゃんに声をかけられた。たこ焼きの焼ける香ばしい匂いに引き寄せられるように屋台へ近づくと同時にマコトと真島の影が見えた。
「おばちゃん、眼帯の男とショートカットの女、ここに来たか?」
「あら?知り合い?一時間ほど前に来てたけど……」
お似合いなカップルだったわとおばちゃんは笑う。カップルではないのだが、変に否定するのも面倒なため、アスカは愛想笑いで流した。
「あぁ。ありがとう……おばちゃん、たこ焼きひとつ」
「毎度あり!」
聞くだけ聞いてなにも買わずなのは悪いと思い、一応ひとつだけ注文をしておく。おばちゃんはにっこり笑ってからてきぱきとパックにたこ焼きをいれて、アスカに手渡してくれた。
たこ焼きを片手に再び、マコトの捜索に戻る。振り返ったその先にマコトの姿を見つけてアスカは目を見開いた。
「マコトちゃん!」
駆け寄り、その腕を掴んだ。
「貴方は……!貴方も、もう私のことは放っておいて!」
「放ってなんかおけるか!!」
乱暴に腕を振り払われてアスカは強く言い返す。それでもマコトのやろうとしていることは読み取れた。やはり予想した通りマコトは自棄になっている。無茶苦茶な取引を堂島に持ちかけようとしていた。
「来ないで。私にはやらなきゃいけないことがあるから。もう守ってもらわなくたって平気」
一歩前に踏み出そうとしたアスカをマコトはキツイ言葉で止めた。平気なんて嘘だ。本当は怖いのに強がって、ひとりで戦おうとしてる。
眉を吊り上げて、俺は声を荒らげた。
「ヤクザ相手に命の条件の取引なんか出来るわけねぇ……!お前が殺されるぞ!!」
「何で、それを……。でももう決めたの。私は独りで戦う」
不意に背後から両方の腕を誰かに掴まれた。反射的にその腕をはね除けようとしたが、力が強く離れない。背後を確認するとスーツの男が二人。胸元には渋澤組のバッジが光っている。
「な、なんで渋澤組が……!」
驚くアスカの首もとへ、鋭い手刀が打たれる。拘束されていたせいで逃げることもままならなかった。薄れる意識の中、マコトが泣きそうな顔をしていた。
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