龍が如く0
20:謝罪と告白
桐生がマコトを連れていってから、数時間後ーー世良の予想通り、真島は佐川と共に日侠連のアジトである弁天屋へ乗り込んできた。やつの覚悟を知りたいと、世良が差し向けた日侠連の人達と真島の戦闘する音が階下から響いている。アスカは広い座敷の一室で目を閉じて、その音を聞いていた。日侠連の人間も手練れ揃いの筈なのだが、真島なら苦もなく倒していそうだ。
胸に手を当てて、アスカは深呼吸をした。ここに真島が来るのも時間の問題だ。もう音はすぐそばまで来ている。
「どこや!!世良ぁ!!」
襖が能面を被った男と共に蹴破られた。かなりの人数を相手にしたはずなのに、ほんの少ししか息を切らしていない。
ーーついに来てしまった。
真島は部屋にいるのがアスカだと分かると、怒りをにじませて大股で歩みより乱暴に胸元を掴んだ。それを振り払うことなく、アスカは真島にされるがままになっていた。
「なんで……俺らを裏切った!?」
「結果的に真島さんを裏切るようなことになって悪かった……」
鋭い眼光がアスカを射ぬいた。胸元を掴む指先から伝わる激情に胸が痛む。
「あの人は……マコトちゃんを殺したりなんかしない。それは間違いない」
「そんなん信用できるか!」
「……そう、だよな。悪かった。俺を殴りたければ殴れよ。殺したきゃ殺せばいーー」
がつんと頭部に衝撃が走る。畳に押し倒され馬乗りになられた。拳を振り上げた真島と目が合う。その瞳に僅かに悲しみの色があり、アスカは申し訳なさから目を伏せた。
怒りと悲しみと苛立ち。色々な感情がまぜこぜになってアスカに伝わる。
ーーどうして裏切った?俺は仲間やと思ってたのに。
まるで耳元で叫ばれてるかと思うくらい真島の感情が聴こえる。どうして。何故。感情の濁流にその言葉が多いのはそれだけショックだったのだろう。
会ったばかりの人間だというのにそんな風に信頼して貰えていたなんて思いもしなかった。本当に真島は人がいい。
バキッーー
顎の関節が外れるんじゃないかと思うくらいの衝撃に目の前が一瞬ホワイトアウトした。激痛に呻く。口内をどこか切ったらしい。血の味が口のなかに広がる。気持ち悪さに苦い顔をして、いまだアスカにまたがる真島を見た。
肩で息をしながら真島は舌打ちをした。
「なんでや……」
「俺……情報屋なんだ。神室町じゃそれなりに名前は通ってて、フクロウって呼ばれてる」
「フクロウ……お前が……」
どうやら真島もそのフクロウという呼び名を聞いたことがあるらしかった。西の人にも知られてるとはアスカも随分と有名になったものだ。
「マキムラマコトの居場所を探して、知らせる。それが今回俺の仕事だった」
マキムラマコトが襲われてるところに遭遇したのは本当に偶然だ。容姿も性別も知らなかった。彼女を助けるために手を繋ぐまでは。そしてそのまま真島、李と共に彼女を保護することになってしまったのだ。
「本当なら……マコトちゃんを見つけて、それで俺の仕事は終わりだった。けど、俺はマコトちゃんを守りたいって思ったんだ……」
同情もあったと思う。可哀想な境遇の彼女を助けたかった。だからこそ、アスカはこの選択をした。だがそれは、真島の今の表情を見ると間違いだったのかもしれない。
「……あの時出会わなければ……俺も、真島さんもこんな思いしなくてよかったのにな……本当に、すまない」
申し訳なくて、苦しくて、涙が出そうになって、目を閉じた。
「…………アホか。あん時お前が助けんかったら、マコトはとっくの昔に近江の奴らに拐われとったわ」
頭上からため息がひとつ。発された言葉は、アスカを許すような響きを秘めていてぽろりと目尻から堪えていた涙が溢れた。
「泣くなや……ドアホ」
涙を流すアスカの額を真島が罵倒と共に小突く。けれどそれは先程とは違い、随分と優しいものだった。
「こんだけで許したるわ」
のし掛かっていた重みが消えた。滲む視界で頭上を確認すると真島はアスカの上から退き、目の前に手を差し出していた。その手を掴むと、力強く身体を引かれる。
袖で乱暴に目を擦り涙を拭った。
「真島さん、この先に俺の依頼人……世良さんがいる」
奥に続く廊下を指差し、アスカは道を開けた。真島は無言のまま、その横を通りすぎていく。
「悪かった。俺はもうあんたの前には姿を見せねぇよ」
すれ違う瞬間に、アスカはそれだけを告げて、真島とは逆の方向へ歩いて行った。
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