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龍が如く0

19:再会


それからまた何時間かが経過した。危惧していた近江連合の襲撃もなく、弁天屋は静かなものだ。もうすぐ迎えが来ると先程、世良の部下が伝えに来てくれた。

マコトの部屋の前の廊下で正座をしたまま、アスカは目を閉じていた。

あちこちに残る思念の囁きを聞きながら、背後の部屋の気配にも気を配る。目が見えないからかマコトはほとんど動くことなく、部屋から出ることもしない。

足先が痺れを感じ始めた頃、広い店内がにわかにざわつき出した。顔を上げて、閉じていた瞼をあげる。

「アスカさん、総裁がマキムラマコトさんを連れて来るように、と」

「あぁ、分かった」

能面をつけた世良の部下がアスカに耳打ちをする。それに返事をして、アスカはゆっくりと立ち上がった。

「マコトちゃん。入るよ……」

一声かけてから、アスカは襖をスライドさせた。出ていったときとほとんど変わらぬ位置でマコトは座っていた。俯いていて表情は窺えない。

そんなマコトへ歩みより、そばで膝をつく。見えないはずなのにマコトは気配を敏感に察知してこちらを見た。眉間にシワを寄せて険しい表情を浮かべている。

「迎えが来た。今から立華不動産の人に会いに行く。立てるか?」

「……わかりました」

そっと手を添えて、マコトを立ち上がらせた。自分の二の腕を掴ませて、歩行補助をする。

「行くぞ……」

「…………」

アスカの言葉にも硬く口をつぐみ、何も言わない。随分と嫌われてしまったようだ。その様子にアスカは眉を下げ、悲しげに口元を歪める。マコトに気付かれないように静かに嘆息し、それからゆっくりと歩き出した。


「世良さん、お待たせいたしました」

会話もなく、世良の待つ部屋の前へたどり着いた。弁天屋の奥、ここで一番豪華な部屋だ。一声掛けてから金張りの襖をスライドさせて、足元に気を使いつつ中へと入る。

世良の前にいる男がこちらを見た。

「あれ……一馬?」

「何故、お前が……?」

互いに顔を見合わせて、目を見開く。立華不動産の人間が来ると聞いてはいたが、まさか桐生が来るとは思わなかった。向こうもアスカが極道と関係のない一般人だと思っていたはずだ。

「知り合いか?だが、今は無駄話をしてる時間はない」

そのまま話を続けそうなアスカと桐生の反応を見て、世良が止める。すみません、とアスカは謝罪し、マコトを二人のそばへ座らせた。

「立華不動産の桐生です」

「マキムラです。……お世話になります」

「もうひとり、尾田という者と私で、神室町までご一緒します」

挨拶を簡単に済ませる。桐生だけでなく、もう一人いるらしい。尾田という人間がどういう人かはわからないが、桐生がいるならばマコトをしっかり守ってくれそうだ。

「……護衛ってことですよね?」

「えぇ」

「私は……祖父が死んだことも今まで知らなかったんです。祖父の、聞いたこともない土地のせいで、こんなことに巻き込まれて……この間、私を守ってくれた人も、殺されました……ずっとお世話になってた人が」

マコトは俯いて、泣きそうな声で話す。誰も口を挟まず、彼女の言葉を聞いていた。

「お金なんてどうでもいいです。早くその土地を手放させて……お願い」

悲痛な願いだった。それに桐生は頷いた。

「立華さんによろしくな、桐生」

「えぇ」

立ち上がった桐生を見て、アスカもマコトを立ち上がらせた。そっと腕を引き、玄関先までマコトを連れていく。夕日が窓の隙間から漏れて、廊下を照らしていた。

入り口でアスカは足を止め、マコトの腕を桐生に握らせる。

「一馬になら安心して任せられるよ。マコトちゃんのことよろしくな」

「あぁ。また神室町でな」

玄関先で桐生を見送る。タクシーに乗り込んだ桐生へ軽く手を振ると、桐生も小さく笑みを浮かべて、手を上げてくれた。

けれど、マコトは最後までアスカと言葉を交わすことはなかった。


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