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龍が如く0

17:裏切り


世良と共にほぐし快館へ向かっていると、街中ではあり得ない、地を揺るがすような爆発音にアスカはハッとして世良と顔を見合わせた。反射的に走ろうとしたアスカを世良が止める。

「私が先行する。お前は私の後ろにいろ」

爆発音を聞いても落ち着いた世良の顔を見て、アスカも幾らか落ち着きを取り戻した。小さく頷き、足早に歩きだした世良の背中をついていく。

ほぐし快館の手前で世良が手を上げた。その合図を見て、アスカは足を止める。世良の背後から前方を確認した。鉄やプラスチックの焼け焦げた臭いが鼻に付く。ほぐし快館の前の通りは、爆風で割れたガラスが散らばり、酷い有り様だった。

「あれは……」

その近くに倒れている真島とマコト。彼らの前にいるのは茶色のスーツを纏った短髪の男だ。五代目近江連合直参佐川組組長、佐川司。真島にマキムラマコトの殺害を命じた張本人だ。動けぬ真島へ銃を向け、今にも引き金を引きそうな佐川を見てアスカは今すぐに走って助けたい衝動にかられたが、理性で押し止めた。

銃を構えた無防備な佐川の背中へ、世良は銃弾を撃ち込んだ。急所は狙ってないとはいえ、躊躇なく撃てるのは流石極道だ。反射的に振り返り、此方を狙おうとしてきた佐川の銃を持っている手を即座に撃ち抜く。

反撃されないよう、倒れこんだ佐川の近くに落ちた銃を世良は素早く蹴り飛ばす。地面を滑り、銃は瓦礫の下に消えていった。

「その女性がマキムラマコトです。間違いありません」

淡々と、感情を込めずに告げる。溢れ出そうになる思いの濁流を塞き止めて、ただ無表情を貫いた。真島が息をのみ、愕然とした表情でこちらを見上げる。その顔を見ないように俺は目を伏せた。

「お前……!俺を……俺らを……、騙しとったんか!?」

真島の言葉に鋭いナイフで胸を突き刺されたような衝撃を受けた。満足に動かない身体を必死に動かそうとしながら、真島は怒りに満ちた表情でアスカを睨んでいる。

「…………っ」

アスカは何も言えなかった。違うと否定することも出来ずに立ち尽くす。中途半端に開いた口は音を出せないままに終わった。

視線を反らしたその瞬間に世良が真島の頭を銃で殴打する鈍い音がして、真島は昏倒した。気絶した真島を横目に、世良はマコトを抱え上げる。

「アスカ、行くぞ」

「ぁ……は、はい」

名前を呼ばれ、アスカはすでに動き出していた世良の背中を小走りで追いかけた。

ぼんやりとしている暇はないのだ。マコトを保護した後は神室町へ連れていき、そこでカラの一坪の所有権の受け渡しを行う。刺客が来る前に、出来る限り、早く。

迎えの車が来ている場所までの道中、アスカはなにも言わずに世良の数歩後ろを歩いていた。胸に手を当てても傷は無いのに、どうしてかずきずきと痛む。苦しくて辛い。

「ショックだったか?」

「え?」

「傷付いた。そんな顔をしている」

世良に指摘され、アスカはくしゃりと表情を崩し、俯いた。怒りに満ちた真島の顔が、裏切り者という心の叫びが、脳裏にこびりついて離れない。こうなることは分かっていたのに、いざその時になると覚悟なんて意味をなさなかった。

「……、」

仕方なかった。仕方なかったのだ。何度自分に言い聞かせても、胸の痛みは収まらない。こぼれ落ちる涙をスーツの袖で乱暴に拭った。

「青いな。その感情は裏の世界で命取りになるぞ」

「……わかって、ます……」

自分でも驚くほど、声が震えた。最近、子供だと言われてばかりだ。どれだけ強がっても、どれだけ背伸びしても、アスカは16歳の若造でしかなかった。

「おい、乗れ」

前もって手回ししていた車の後部席へマコトを押し込み、アスカにもその横へ座るように促す。生返事を返し、のろのろと車へと乗り込んだ。

車窓から見える流れ行く街並みは、アスカの心とは裏腹にキラキラ輝いていた。


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