- ナノ -

短編

再会


肌寒い風が頬を撫で、ぶるりと身体を震わせた。口から漏れる吐息は白く、霞となって消えていく。最近新調したばかり厚手のコートの襟を片手で引き寄せた。少々値段は張ったが前の物よりずっといい。濃いグレーのトレンチコートはいつもの黒いスーツにも良くあっている。

冬が来るといつも思い出す。

神室町の中央に聳え立つ、ミレニアムタワーを見上げた。タワーの明かりが夜空を彩っている。あれから14年。もう随分と時間が経っているがあの時の事はついこの間の出来事のように鮮明に思い出せる。

「彰……」

アスカも桐生も年老いて行くのに、錦山だけは若々しいまま変わらない。記憶の中だけの存在だから当たり前なのだけれど。

持っていた一輪の花をミレニアムタワーの片隅に添える。黄色い花が風に揺られて悲しげに揺れた。胸に手を添えて、一礼をする。目の奥がじわりと熱を持った。溢れ出そうになる物をグッとこらえる。どれだけ経っても、錦山の事を想うとどうにも涙腺が緩くなって駄目だ。

目元を押さえて、俯いた。

「……会いたいよ、彰」

吐き出した言葉は酷く掠れていた。

会いたい。けど、会えない。分かっているけれども願わずにはいられない。

花壇の縁へ力なく座り込んだ。何年経ってもこれからもこの行き場のない悲しみが消えることは無いのだろう。錦山から与えられたトラウマが消えても、古傷が薄くなっても、それだけは。

深く重いため息を吐き出して、眼を閉じた。胸の痛みを消すように、辛さを忘れるように楽しかった思い出を脳裏に描く。


どれだけそうしていたろうか。そう長くはない時間だったとは思うが、身体はすっかりと冷えきっていた。

「ーーおい、お前大丈夫か?」

その声を聞いた時、酷く心がざわついた。錦山が戻ってきたのかと思ってしまうほどに、良く似ていた。勢い良く顔を上げると、声の主は驚いたように一歩退く。

「泣いてたのか?ひでぇ顔だぞ」

声は似ていても、その姿は錦山とは全く違っていた。もじゃもじゃ髪に派手な赤いスーツの男は訝しげな顔をして、こちらを見下ろしている。

「……ちょっと、ね」

「誰か亡くしたのか?」

男はどかりと荒っぽくアスカの隣に座り、横目で置かれた黄色い花を見た。男の問いにアスカは曖昧な笑みを返す。

「……って軽々しく聞くことじゃねぇよな」

「いや……親友を、ね。もう14年も前の話さ」

申し訳なさそうにした男にアスカは気にした素振りを見せずに答えた。理由は分からないが、何となくこの男に話したくなったのだ。

「ミレニアムタワーの爆発事故で……死体も残らなかった」

爆弾はそこまで大規模な物では無かったものの、あの至近距離で爆発に巻き込まれた錦山の身体はほぼほぼ原型を留めていなかった。顔も分からないし、身体の殆どは欠損し、事件直後は心的外傷による幻覚もあって正直まだ錦山が生きているような気がして、錦山の死を受け止めるのはかなり時間がかかった。

だから、あの墓に入っているのは現場に残っていた本当に僅かばかりの骨だ。

「……酷いことをされたのに、俺はアイツの事をずっと忘れられなくて、情けねぇ面してばっかりだ……」

黒い革手袋に包まれた己の手を見下ろす。サイコメトリーなんて特異な能力があっても、自分は無力だと思った。親友をひとり、救うこともできなかった馬鹿野郎だ。

「親友だったんだろ?忘れらんなくて当然じゃねぇか」

「!」

「俺ぁバカだから上手く言えねぇけどよ……。何年経ってもそうやって花供えて思い出してくれる人間がいてくれるってのは嬉しいもんだと思うぜ」

見ず知らずの男の言葉にずっと胸に燻っていた蟠りがすっと取れたような気がした。ずっと悲しむのは良くないと勝手に決めつけてしまっていた。無理やり忘れようとばかりしていた。

「お前はその親友のことが大好きだったんだな」

男を横目で見て、アスカは小さく頷いた。

優しさが滲む声色で、アスカはミレニアムタワーを見上げながら呟く。


「ーー……あぁ、大好きだよ……今も」




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