- ナノ -

短編

陰ながらの協力者


街のあちこちで近江連合のヤクザ、それに警察が駆け回っている。それを横目に見つつ、アスカは顔を上げた。街頭ビジョンには指名手配犯の二人の男の姿が大きく映し出されているーー赤いスーツのボンバーヘアの男と紺のスーツを着て眼鏡をかけた真面目そうな男だ。

テロリストと発表されていたが、本当にテロリストなら随分とお粗末な二人組だ。そうまでして近江連合はあの男ーー春日一番を潰したいらしい。少数の味方しかいないのに近江四天王の二人であるヴィンセント・ロウ、それに加賀美陽介を倒したのだ。どんな手を使ってでも潰そうとする近江連合の考えも分からなくもない。

「春日一番、か……」

名前と経歴くらいなら知っている。東城会荒川組の組員だった男だ。つい最近まで服役していたはずだが、出てくるなりこの騒動を起こすとは中々に見所のある男だ。

次のニュースに移った街頭ビジョンから視線を外し、アスカはスーツの胸ポケットからスマートフォンを取り出した。140字のつぶやきが出来る青い鳥のアプリを立ち上げて、つぶやきを検索する。次から次へと出てくる指名手配犯の目撃情報。20年以上前にはとても考えられなかった文明の利器に感動しつつ、つぶやきを遡り彼らがいるだろうおおよその場所を確認してアスカは足早に歩きだした。

街の雑踏を抜けて、中道通りへ向かう。その途中に大きめのコートと帽子を二枚古着屋で手に入れておいた。ゲームセンターの近くで路地裏を見つめてひそひそと話す人たちに耳を傾ければ、どうやら指名手配犯らしき男二人が向こうに行ったらしい。ついさっきの事のようだし少し頑張ればうまく出会えそうだ。

路地裏に小走りで入ると荒々しい怒声と共に男がアスカの目の前に叩きつけられた。男がかけているサングラスは粉々に砕けちり、見るも無残な姿になっている。視線をさ迷わせれば辺りに転がる死屍累々。その中央に立つのは赤いスーツと眼鏡の男の二人だ。肩で息をしながらアスカをぎろりと睨み、拳を構えた。

「……おっと、ストップ」

両手を軽く上げて戦闘の意思がない事を示す。まだ不審そうな顔をしていたが、春日はとりあえず拳は下ろしてくれた。

「んだよ、テメェは……?」

「君達二人の敵ではないかな。……とりあえずこれどうぞ」

ちょっとは目を欺けるはずだよ、と持っていた紙袋を春日の足元へ投げ落とす。紺色のスーツの男ーー北村義一がそれを拾い上げて中身を確認した。

「……確かにこのままでいるよりかはマシだろうが……何故こんな事を?」

「話は後で。早くそれ着て」

早くコートと帽子を纏うように促すと彼らは不承不承ながらもアスカの言葉を聞いてくれた。アスカの予想通り、サイズはぴったりだった。パッと見は指名手配犯とは分からなくなったものの、絶妙な怪しさを醸し出している。

帽子に収まりきらないモジャモジャ髪を気にしている春日にアスカはクスクス笑いながら、じゃあ行こうか、と声をかけた。春日と北村は互いに顔を見合わせて、少しの逡巡の後そろそろとアスカの後ろを着いてくる。

「それでテメェは何モンなんだ?」

「ん〜……そうだな……神室町と東城会が好きな人ってとこ」

「あ?」

曖昧な答えに春日が片眉を上げる。はは、とアスカはまた笑って少しだけ視線を下へと落とした。

「ここには……神室町は、俺の大事な思い出がたくさんある場所だからね……近江なんかに潰されたくないのさ」

あいつに傷つけられた辛くて苦い思い出も、三人で遊んだ楽しかった思い出も、アスカの記憶のほとんどがこの街にある。思い出して懐かしむように目を細める。

中道通りから少し離れたピンク通りの一角。寂れた何も入っていない空きビルの前で足を止めた。慣れた手付きでビルの扉の鍵を開けて、二人を先に入るように促した。

「さ、どうぞ。ここなら暫く身体を休められる筈だ」

空きビルとはいえ、ついこの間まで使われていたため、中はそこそこ小綺麗だ。前の主がデスクやソファといった家具をそのままに残していっているため身体を休めるには悪くはない場所だろう。

おぉ!と歓声を上げて春日はコートと帽子を脱ぎ捨てるとどかりとソファへ腰かけた。北村はまだアスカの事を信用していないようで椅子に座ろうとはせず周囲の様子を伺っている。

「流石に電気は通ってないんだが、文句は言わないでくれよ」

「ひっきりなしに襲われなくなっただけ天国だぜ。ありがとな」

「どういたしまして」

北村とは違い春日はすっかりとアスカの事を信用したらしい。随分と人がいい。前もって用意しておいた電気ランタンをデスクの上に置けば、部屋は十分明るくなった。厚手の遮光カーテンを窓に取り付けているから外に光が漏れることもない。

「随分と準備がいいな」

「まぁ、色々知ってたからな」

部屋の片隅でクーラーボックスを漁りながら、アスカは答えた。知ってた?北村に問い返される。アスカはボックスの中からペットボトルのお茶を取り出して、二人に手渡してから向き直った。

「俺は大体何でも知ってるのさ」

情報屋はとっくの昔に辞めてしまったが、トラウマがすっかり良くなってからはちょくちょくと神室町の情報を集めていたのだ。だから、今神室町に起こってる事態は把握している。

アスカの回答が気に入らなかったのか、納得出来ないという顔をしている北村に困ったような微笑みを返した。

「なら俺らの仲間の居場所は知らねぇか?」

「……流石に人の居場所までは無理かな……そういうのはリアルタイムで変わるものだし、スマホも電源入ってないみたいだし」

それを聞いて春日は落ち込んだようだった。頑張れば居場所を見つけることも可能だろうが、アスカもあまり近江連合に不審な動きをしているのを見られたくはない。力になれぬことに謝罪をすると春日は構わねぇよと笑って、お茶を一気に飲み干していた。

「あぁ、おにぎりも幾つか買っておいたから食べてもいいよ」

「お!食い物まであんのかよ!?お前本当に用意いい奴だな」

春日は部屋の片隅に置かれたクーラーボックスに駆け寄り、たくさんのおにぎりの入ったコンビニ袋を取り出すとソファに戻っていそいそと食べ始めた。その様子を近くのデスクチェアに座って眺める。北村もある程度の警戒は解いたようで、向かい側のデスクチェアに腰かけていた。

電気ランタンの白い明かりを見つめて、アスカは息を吐き出す。

「ーーなぁ。お前、名前はなんて言うんだ?お前は俺らの事知ってるみたいだがよ」

アスカは視線を春日に向けた。茶色い双眼がアスカを射ぬく。

「お前は色々隠してぇ見てぇだがよ、名前くらいなら聞いたっていいだろ?」

中々答えずにいるアスカに春日は言葉を重ねた。暫し部屋が静寂に包まれる。春日から眼をそらし、アスカは立ち上がった。そしてそのまま扉の方へ向かう。背中におい、と制止の声が投げ掛けられる。ドアノブに手をかけた所でアスカは立ち止まった。

「ーーアスカ。それが俺の名前さ。イチくん」

振り返ると同時に春日に向かってこのビルの出入り口の鍵を投げ渡す。春日は唐突なそれに驚きつつも上手くキャッチした。

「近江連合にバレるまでここは好きに使うといい」

「いいのか?」

「勿論」

笑って頷く。神室町を取り戻すためなら春日を陰ながらバックアップするつもりだ。近江連合になんか渡してたまるものか。

ドアノブから伝わる冷たさを感じつつ、ナツキは手首を回した。外の喧騒が僅かに大きくなる。

「無事に仲間と合流したら、俺の名前を出してみなよ」

「は?何でだよ……?」

訳が分からないと頭に?を浮かべる春日に対してアスカは意味ありげな笑みを返す。

「それはその時のお楽しみ」

それだけ言うとアスカはウインクをひとつ飛ばして、空きビルを後にした。


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