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龍が如く0

15:襲撃


夜になり、整体院が終わった李が倉庫に戻ってきた。別段取り立てて会話をすることなく、真島が戻ってくるのを待っていた。恐らくマコトに死体だのなんだのを話したくなかったのだろう。

程なくして、ドアが開かれる。

「おう……!お前、無事やったんやな」

「あぁ。……こっちも異常ないな?」

真島はアスカの正面に座る李に歩みよりながら、ズボンのポケットから薬袋を取り出し、李に差し出した。

「……あんたに預かりモンや。雀薔薇屋の闇医者がお前に渡せ言うとった。痛み止めやと」

「ふぅん。こんなん、別にいらんけどな……」

受け取った薬をコートのポケットへ仕舞う。妙な感じがして、アスカは首をかしげた。こんなに李はぴんぴんしてるのに、何故わざわざ痛み止めを渡してきたのか疑問だ。何もなければいいが。

「それよりどないやった?電話の男とグランドで会うたんやろ?」

「「電話の男って……?」」

初めて聞く話題にアスカとマコトの声が重なる。まあ、ちょっとな、と李は言葉を濁す。マコトにあまりヤクザのゴタゴタしたことを教えたくないのだろう。何も教えようとしない李にマコトは反発した。

「李さん!……なんで私に何も教えてくれないの?全部、私が狙われてるせいなんでしょ?だから3人で色々動いてるんでしょ?」

だったら私にも何か手伝わせて!と言うマコトに3人ともがマコトを見つめ黙る。盲目で何もわからないままでじっとしていることも不安な筈だ。手伝いたいマコトの気持ちもわからなくはない。

「手伝えるかは置いといて……教えてやってもいいんじゃねぇか?自分の事なのに何も知らねぇのは嫌だと思うぜ?」

「……ほぐし快館で、お前をさらいに来たヤクザらがおったやろ?」

アスカの後押しもあってか、真島が口を開いた。マコトにもわかるように、順を追って説明する。マコトも本気で教えてもらえるとは思っていなかったのか、驚いて顔を上げた。

「電話の男やいうたんは、そいつらの頭で西谷って男や。鬼仁会いう組率いとる。そいつがお前を渡せいうてきたんや」

「それで……?」

「俺がさっき会うてきた。お前を狙っとる理由、聞きだそ思ったんやけどな……その前にサツに連れていかれてもうた」

鬼仁会の西谷。詳しくは知らないが近江連合の直参の男だったはずだ。もう少し近江のヤクザの情報も今後のために収集しておきたいところだ。

話を聞きながら、アスカは考え込むように顎に手を当てた。

「西谷も、俺の雇い主の佐川いう男も、元を辿れば同じ近江連合や。どうやら近江ん中でもマキムラマコトをさらう派と殺す派で別々に動いとるらしい」

「西谷がさらう派で、佐川が殺す派ってことか……」

もしアスカがグランドに着いていけていたら、西谷の策略を読むことができたのに。内心で舌打ちする。今はもしもの話をしても仕方がないが。

「せや。けど、今一番の問題は佐川の方や。あいつは多分……俺がみすみすこの娘殺さんかったこと勘づいとる」

「なんやと?ほんまか……!?」

それを聞き、李が顔色を変える。佐川もそう簡単には騙されてはくれないようだ。

「……お前らは、すぐ蒼天堀から出た方がええ。ここも佐川に見つかるんは多分、時間の問題や。……李、どっか、この娘連れて逃げるアテないか?」

「まぁ……ないこともない。せやけど、どこまで逃げてもヤクザは追ってくるで。この娘は、いつまでびくびくせなあかんのや」

「……俺がなんとかしたる。とにかく今は街を出るんや」

思ったよりも早くバレすぎた。もう少し時間があれば、あの人も来れた筈なのだが……上手くいかないものだ。

街を出る、と決まって、李がマコトの身体を支えながら立ち上がらせた。

「あれ?他にも誰か……?」

その時だ。倉庫の入り口の引き戸がぎぃ、ときしむ音がした。今は4人ともここにいる。誰かの入ってくる音が聞こえるのは可笑しい。顔を険しくさせて、扉を睨んだ。

「なんでや、お前……まさか俺のこと、尾けてきたんか?」

古びた扉から入ってきたのは、ざんばら髪の作業着を着た男だった。この男が雀薔薇屋の闇医者だと真島達の反応を見てすぐに検討がついた。

「李さん……あなた、前に私に教えてくれた」

中国訛りの独特のイントネーションの日本語で闇医者は話す。ひどく怯えた表情だった。

「あなた、言ったよ。日本で生きる中国人、とっても大変。だから、私たち助け合う。でも、最後に自分を守ってくれるのは……やっぱりお金って、李さん、言ってたから……」

ーー許してくれるよね、李さぁん!

闇医者の背後から男が4人ぞろぞろと入ってくる。作業員やホームレス、どこにでもいそうな服装をした男だ。その手元にはバールやナイフといった物騒な物が握られている。

「おんどれ……ワシら売ったんか!?」

アスカも眉間にシワを寄せ、マコトを庇うように一歩前へ踏み出した。

「こいつら佐川の手下や!」

男らの顔を確認し、真島が言う。佐川の方が一枚上手だった訳だ。

バールを持ったホームレスの男が前に出てくる。外見からは分からなかったがどうやらあの男がリーダー格のようだ。ホームレスは不意にバールを横に振りかぶった。

「なっ……!?」

吸い込まれるようにバールの先端が闇医者の喉元に刺さる。そして抉るように押し込んで、闇医者を突き飛ばした。血を流して倒れる闇医者を見て、アスカは唾を飲む。

「用が済んだらもういらんちゅうわけか……普通やないでこいつら!」

「李、その娘を見とれ。こいつらには……今までさんざん世話んなっとるんや」

「俺も戦うよ。とっとと倒して逃げなきゃな」

戦闘体勢をとったアスカ達を見て、ホームレスの男はにやりと口元を歪めた。

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