- ナノ -

龍が如く0

13:同情


次の日。ホテルからマコトのいるオデッセイの旧倉庫へ向かっている途中、蒼天堀川の側道が警察に封鎖されているのに気が付いた。

ここも最近物騒ねぇ……。

怖い怖い。

死体が上がったんだって。

「……死体……?」

道行く人のひそひそ話を聞いて、アスカは眉間にシワを寄せて、人だかりのできた側道を見た。昨日の李の話が脳裏を過る。しかし、真島は計画には乗らないと言っていたし、服や写真を持っていかれた李が出来るとは思えない。

倉庫に行く前に、調べておく必要がありそうだ。野次馬に紛れて側道の通行止めギリギリまで近づいて、手袋を外した手で所々が錆び付いて、ペンキが剥がれたざらついた手摺を握る。

「あれは……マコトの偽造死体、か?」

見えた景色に映る者に目を細くした。あの薄桃色の看護服を着た顔のつぶれた女の死体。死体を川に投げ入れているのは、真島でも李でもない、全く見知らぬ男だ。それも複数人。組織的な犯行、ということになる。けれど、一体何処の組織がアスカ達に手を貸すような真似をしているのか、疑問は尽きない。

手摺を握り直しもう少し、他にも何か見つからないか、と意識を集中させてーー

「君!いつまでそこにいるんだい?捜査の邪魔だから離れて!」

「……はい、すみません」

もう少しよく見ようと意識を集中させようとした矢先に警官に注意されてしまった。いつの間にか周りにいた野次馬も姿を消している。不審そうにこちらを見る警察官にアスカは頭を下げて、そそくさと側道から出た。

不完全燃焼ではあったが下手に警察に目をつけられても面倒だ。途中、コンビニで唐揚げ弁当とおにぎりを適当に幾つか買って、マコトのいる倉庫へ向かった。周囲の様子を確認して、身体を滑り込ませる。真島と李の姿はない。

「誰?」

「俺だよ。李さんは?」

不安げに聞いてきたマコトに声をかけてやると、ほっと安堵したように表情を緩めた。空いている方のソファへ座り、荷物を自分の隣へ置く。

「李さんは仕事……こんなときでも休めないからって」

「そうか……まあ、そうだよな」

真島も李も元々の仕事がある。下手に店を休んだりしたら、怪しまれる。特に、真島の方は。

「ねぇ……もう一人の人は?」

「あっちも仕事のはず。キャバレーの支配人だし、忙しいだろうからここに来るのは夜だろうな」

「そっか……」

少し残念そうに、眉を下げていた。袋の中からおにぎりを取り出して、包装を剥がしてマコトに手渡す。

「……おにぎり?」

「まだ昼飯まだだろ?味、何が好きかわかんなかったから、俺の好みで何個か買ってきた。それはエビマヨ。好きか?」

その問いにマコトは小さく頷いて、答えた。なら良かった。と笑って、アスカは自分の分の弁当を取り出して食べる。関東でも関西でも唐揚げ弁当の味はあまり変わらないようだ。唐揚げを咀嚼しながら、蒼天堀川の死体の事を考えた。

何故近江連合がマコトの死体をでっち上げたのかはわからない。確実に佐川ではないだろう。近江連合の佐川組ではない、また別の組ということになる。近江連合も東城会同様、一枚岩ではないらしい。

その辺りの話はまた真島や李が来たときに話すべきだな、と思い、アスカはプチトマトのへたを取って口の中へ放り込んだ。トマトの酸っぱさに顔をしかめつつ、マコトを確認するとすでに渡したおにぎりを食べ終わっていた。

「まだ食べるか?えっと梅と昆布とツナマヨ……どれにする?あっ!お茶もあるから喉乾いたら言ってくれ」

「ふふ……じゃあ梅干し」

がさがさと袋を漁り、先程と同じようにしてマコトへ手渡した。おにぎりを食べ始めたマコトをアスカは黙って見つめる。

「……なぁ、もしさ……」

ぽろりと言葉を溢す。マコトが顔を上げて、こちらを見た。全てを写しているようで何も映さないその瞳にらしくなく同情してしまったらしい。

「もし俺が……マコトちゃんを助けられるって言ったら、どうする?」

恐らく誰にもマークされてないアスカが、今すぐにマコトをここから連れ出して隠しておいて、あの人の元へ届ければ少なくともマコトの命は助けられるだろう。真島は殺されるかもしれないが。

「えっ?」

「ごめん。変なこと言ったな……忘れてくれ」

驚くマコトの顔を見て、はっと我に返る。口元を押さえ、目を伏せた。

(ほんと、何やってんだか……)

何か言いたそうなマコトに、気づかない振りをした。


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