龍が如く0
12:嘘
勝敗は存外、早くついた。時々李が飛ばしてくる鍼がアスカのすぐそばを通りすぎてヒヤッとした。それはともかく、結果は真島の勝ちだ。即座に出ていこうとする真島を李が引き止める。
「ま、待てや、真島……!ほんまに、身代わり立てるしか手がないんや。この先マコトを守りきるには……マコトの死体が必要や!」
乱闘で地面に散らばっていた写真を拾い上げ、真島へ見せながら、李は肩で息をしながら必死に説得する。
「このままやったら……いつかマコトんとこにお前以外の殺し屋がくる。それよりも前に、お前も殺られるで。なんでそれがわからんのや!」
「それやったらそれでええ。俺が、向かってくるモンひとり残らずブッ殺したるわ」
真島は振り返り、李の手から写真を奪った。写真を少し見て、それから李へと視線を滑らせる。
「確かに……一度"黒"に染まったモンはどこまでいっても"黒"や。そっから抜けることはできん。けどな、それでも噛みつく相手選ぶくらいはできる」
それが俺の流儀やーーその言葉と共に、持っていた写真の両端を持って捻った。李の制止も虚しく、写真は真っ二つに引き裂かれる。破いた写真を服の入った紙袋へ纏めるとそれを持って、真島はドアノブへ手をかけた。
「風邪引かんように見といたれや。あんたは、その娘の親代わりなんやろ?」
肩越しに振り返り、優しい言葉を置いていき、真島は倉庫を出ていった。真島を止めることは出来なかった。
残されたアスカは少しの逡巡する。マコトを守ることが今のところアスカの最優先事項だ。出来るなら李の計画に乗ってほしかったのだが、あぁも拒否されては仕方ない。
「俺もちょっと……」
「……待てや」
倉庫を出ようとしたが、呼び止められた。しぶしぶ足を止め、ドアノブを掴んでいた手を下ろす。
「お前は一体、何モンや。真島もお前の事を何も知らん言うとった。カタギにしては俺らの話聞いても一切動じとらんし、普通やない」
視線を落とし、どう答えた物かと思案する。真島のように適当な言葉で押しきることは出来なさそうだ。ふぅ、と本日何度目かのため息をついた。
「名前は、アスカ。アスカ・フェザーストン」
意を決して振り返り、アスカはとりあえず彼らにはまだ一度も名乗っていなかった名前を告げる。それから、一つずつ、少しずつ。
「歳は16。大阪には仕事で来た」
「若そうやとは思っとったが16やと?まだガキやないか……親はどうしてん」
「……母は2年前に死んだ。父は知らねぇ」
ドアにもたれ掛かり、腕を組む。自然と視線が落ちて、むき出しのコンクリートの床を見つめた。
「……お前も辛い過去持っとるんやな」
「別に。辛いと思ったことねぇよ。生きるためにお金稼ぐのに必死だった」
同情を突っぱねるように答えた。マコトや真島と比べたらアスカの辛さなど雲泥の差だ。五体満足でいられるだけ、アスカは十分幸せな方だと思う。
「運び屋とか裏の仕事もやったことある。だから、今の状況も慣れてんだ」
真実の中に少しだけの嘘を混ぜた。運び屋なんてやったことはない。けど、情報屋と言うよりはまだ疑われなさそうだと思ったのだ。
「大阪には仕事で来た言うとったな。仕事、言うんはマコト関係しとるんか?」
直球すぎる質問に内心で動揺する。視線が僅かに泳ぎかけて、即座に目を閉じた。
「いや……違う」
息を吐き出しながら、否定した。
「ふぅん。ま、ええわ……それより、お前はマコトのことほんまに守ろう思てるんか?お前からしたらマコトは赤の他人やろ?」
「……女の人が殺されそうなのに見過ごすなんて俺にはできないから……守るよ。自分の出来る限りで、必ず」
顔を上げ、李を見て真剣な表情を浮かべる。数秒、李はアスカを品定めするようにじろりと見つめて、頷いた。
「……分かった。お前のこと信じたるわ」
「ありがと」
信じる。そう言われてアスカは内心ほっとしたが、どうしてかツンと胸に痛みが走った。その痛みに気づかない振りをして、アスカは一度ホテルに戻ると告げて、倉庫を後にした。
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