龍が如く0
11:黒の流儀
真島が帰ってくるまで、アスカは現状の状況を頭の中で整理しながら、マコトと他愛ない話を幾つかした。話をしたと言っても、アスカが質問をしてマコトがそれに少しだけ答えるような形で、すぐに会話は途切れて何となく気まずい沈黙ばかりが続いていた。
その沈黙にもやや慣れてきた頃、倉庫のドアが音を立てた。帰ってきたのは真島、ではなく毬栗頭のがたいのいい強面の男だった。反射的にソファから立ち上がり、拳を構えたがその男がマコトの記憶に良く映っていたことを思い出す。
「あんたは……」
「お前がアイツの言うとったカタギやな?」
「李さん!」
アスカが返事をするよりも先に、李の声を聞いて弾かれるようにマコトが立ち上がり名前を呼んだ。目も見えないのに李の側へ駆け寄り、抱きついた。
「李さん!怪我は……!?撃たれたって……!」
「落ち着けマコト。俺はちょっと撃たれたくらいで死なんわ」
李はマコトを受け止め、安心させるようにぽんぽんとその背を優しく撫でる。強面だがその瞳に宿る暖かな色を見て、アスカは目を細めた。マコトの反応から分かるが、相当李の事を信頼しているようだ。
「……せや、飲み物買うて来たる。ちょっと待っとけや。アイツが来たらこの封筒見せや」
「え、ぁ……うん」
マコトへA4サイズの茶封筒を手渡して、李は倉庫を出ていった。封筒をマコトに渡して見せようとしないあたり、どうやら李にも信用されてないようだ。マコトの手元にある書類をちらりと見てから、アスカはどかりと座って息を吐き出した。
真島が来たのは李が出て行ってからすぐだった。座ったまま、アスカは視線を真島へ向ける。
「李って男が来たよ」
「あぁ、李か。もう来たんやな……それで李は、どこや?」
部屋を見回してから、聞いてきた真島にアスカは口を開いた。
「なんか飲み物買いにいくってまた出ていった」
「あ、これ……貴方にって……李さんが」
マコトが茶封筒を真島へ差し出した。訝しげな顔をして、受け取って中を確認している。真島の後ろへ回り込み、手元を覗き見た。数枚の2L判の写真だ。どれもこれもショートカットの女が写っている。
「これは……」
「封筒、何が入ってたの?」
「若い女の写真や。同じ女が何枚も隠し撮りされとる」
写真を暫し見つめて、アスカは李が何を考えているのかを察した。
「それーー」
「よお。早速見とるな?よう撮れてるやろ」
丁度李が帰ってきた。手元には買い物袋を下げている。
「李、なんなんや、この写真?」
「まぁ待てや。言われんでもこれからじっくり説明したる」
李はマコトへキャップの開けた瓶を落としたりしないように丁寧に手渡す。それから、真島とアスカにも同じドリンクを差し出してきた。
「あぁ、ありがとう」
そこまで喉は乾いていないのだが、人の好意を無下にするのも悪い気がして、ドリンクを受けとった。視界の端でマコトがドリンクを飲んでいる。その様子をじっと李が見つめているのが気になった。
「李。何や考えがあるいうてたんはこの写真のことか?だいたいこの女、誰や?」
「結婚詐欺の常習犯や。それだけやない。こいつに貢いどった男が何人か不審死しとる。多分、絞るだけ絞って、縁切りがわりに殺ったんやろ」
成る程、殺してもよさそうな生け贄を見つけてきたらしい。一般人を殺すよりかはマシ、そういうことだ。
「この外道女のええとこは年頃と背格好やな。マコトによう似とる」
「それがどないした?」
カツンーーマコトの手元から滑り落ちた瓶が地面に転がった。倒れかけた身体を李が受け止め、ソファに寝かす。驚く真島を他所に、アスカは李に尋ねた。
「睡眠薬か……どうして?」
「こっから先はこの娘に聞かせる話とちゃうんでな。少し眠らしとく」
まあ確かにカタギには刺激の強い話にはなるだろう。なにも言わずに壁にもたれ掛かった。
「お前も殺し屋にしちゃニブいな。そっちの兄ちゃんは分かっとるみたいやけどな。その写真の女はな……マコトの身代わりや」
「身代わり……?」
幾らなんでもニブすぎる真島にアスカは内心呆れながらも、口を開いた。
「殺しの依頼なら偽物でもなんでも死体さえあれば……依頼主は納得する。そう言うこと」
「そうや。せやからその写真の女には……マコトの身代わりに死体になってもらうんや」
ふたりの言葉を聞き、真島は顔を険しくした。
「ワシとお前とそこの兄ちゃんで殺る……死体に、この服を着せてな」
李はソファのそばに置いていた茶色の紙袋の中から、薄桃色の看護服を取り出す。マコトの着ている物と全く同じ物だ。しかし、乗り掛かった船とはいえ、人殺しの片棒を担ぐのは少々気が重い。
「死体を見つけたサツは、身元確認すんのにワシんとこに来るやろ。そしたらワシはこう答える。"間違いありません。その死体はうちの従業員です"……言うてな」
「アホか。そんなんサツが調べたらすぐバレるやろが!」
「顔を潰せば、万事解決だよ。ちょっと……惨いかもしれないけど、ね」
「せや、指紋も薬で焼いたるんや」
噛みつく真島に、アスカは淡々と答えた。誰かを救うために犠牲が出てしまうのは仕方のないことだ。それで少しでもマコトが安全になるのであれば、手を汚すくらい平気だろう。
「お前一体、何モンなんや……ただの鍼師とちゃうやろ?ほんまのこと言えや」
真島の問いに李は、沈黙した。じっと真島の顔を見つめる。
「……ワシも元はあんたと同じ……殺し屋や」
「!」
「なんやと……?」
僅かに目を見開き、李を見た。雰囲気からカタギではないだろうとは思っていたが、まさか李も殺し屋だったとは思わなかった。
「大陸系の組織に雇われとった。最後に仕事したんは……半年前や」
「半年前……?たしか、あんたがこの娘拾ったんもその頃や言うてたな」
「よう覚えとったの。フッ、せやけど考えてみぃ。組織に監禁されとる女がおったとして、どないしてワシがそれを拾えんのや。道端にでも落ちとるか?」
そして李は語る。マコトとの出会った当時の事を。
半年前。李はとある組織に雇われ、韓国系の連中を襲撃。女のシノギを巡ってごたついていたという。倉庫にいた二人を始末し、倉庫を見ると半裸の女がたくさん監禁されていて、開けた瞬間に逃げていったが、その中で一人だけ身動きできなかった娘がいたーーそれがマコトだった。マコトは見えない目で李の手を握り、感謝の言葉を何度も繰り返した。その握られた手を李は離せず、今に至る訳だ。
「あんたは……それ以来の親代わりっちゅう訳か」
「ああ。せやけどワシも昔は……ほんまの娘持つ親やった。小っさいときから病気がちでな。薬の副作用で最期は……よう目が見えんようなった。そのしぐさが……あんときのマコトと、重なり合うてもうたんや」
重い過去にアスカは目を伏せた。李は表情ひとつ変えずに平然と語っていたが、辛かったはずだ。
「ワシはもう自分より先に……娘逝かせる訳にはいかんのや。娘守るためやったら……赤の他人なんぞいくらでもぶっ殺したる」
それが悪いことだとわかりつつも、李はもう決心しているようだ。此方もマコトは世良の手に渡るまでは守りたい。少しでも時間が稼げるだろう李の意見には賛成だ。
「チッ……ドアホ。極道ナメすぎや。そない小細工すぐバレる」
「せやったら……他にどんな手があるっちゅうねん!言うてみい!!」
「……話はしまいや。俺は、お前の計画には乗らん」
予想に反して真島は李の計画には頷かなかった。踵を返し、倉庫を出ていこうとする。
「……そうやって、また逃げんのか」
李は出ていこうとする真島の前に回り込み、出入り口に立ちはだかった。ワシにはわかる、と嫌な口調で李は嘲笑する。
「……お前が片目失くしてもたんも、そないして逃げてきたからやろ。なんやかや理由つけて、おのれの手ェ汚さんとずっと自分を正当化してきたんとちゃうか?」
「お前が、俺の何を知っとるんや、ボケ……!」
怒りに満ちた真島が唸る。真島が片目を失ったのは足掻いた結果だ。逃げたわけじゃない。だが、それをアスカが言うのはおかしいし、話がややこしくなる。
黙ったまま二人の言い争いを聞く。
「……最後にもういっぺん聞いとく。ワシの話に乗る気は……ほんまにないんやな?」
「ないな……!」
「そうか。そしたら……"黒"に染まったモンの流儀、教えたるわ……どのみちワシの計画を知ったからには、生きてここから出すわけにはいかん……」
姿勢を低くし、拳を構えた李を見て、真島も同じように戦闘体勢をとる。
「死ねや、真島ぁあ!!」
狭い倉庫で拳を交え合い始めた二人にアスカは頭を抱える。マコトのソファの後ろまで下がり、喧嘩の邪魔にならぬように身体を小さくした。
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