- ナノ -

龍が如く0

10:壊れた時計


マコトが食べたいと言ったたこ焼きを買って、アスカは真島と共に倉庫へと戻った。出ていった時と全く変わらない位置でマコトは膝を抱えて座っている。

「ただいま〜。たこ焼き買ってきたよ〜!」

「……あ、ありがと」

声を聞いてマコトは顔を上げた。ここに来た当初よりかは幾分気持ちは落ち着いたようだ。お腹が空いた、と本心を溢すマコトに真島は小さく笑った。

「待っとけ。今食わしたるわ」

アスカは空いているソファへ座り、真島は食べさせやすいようにマコトのソファの近くへ座った。袋から取り出して、ひとつは真島へ渡し、もうひとつは自分で開ける。ふわりとソースの香りが漂い、胃袋が刺激された。

「熱いから気ぃつけや」

「う、うん……」

照れからか、何故かどぎまぎして顔を赤らめている。それがまるで初々しいカップルを見ているようで面白い。

食べさせるのに悪戦苦闘している真島を見てアスカはたこ焼きを頬張りながら、からから笑った。


たこ焼きも食べ終わり、お腹も膨れた。真島は此方に背を向けながらタバコを吸って、一服している。

「あの……」

食べ終わったたこ焼きのトレイを袋に纏めていると、おずおずとマコトが声を発した。視線をそちらに向けるとマコトは手元を見つめながら、言葉を続ける。

「あなたは……目、どうしたの?」

訊ねられて、真島はん?と聞き返した。何だかんだで真島のことが気になっていたようだ。

「その……片目が、何で見えなくなったのかなって……」

「あぁ……俺の場合は、怪我っちゅうかな。事故みたいなもんで、もう完全に潰れてもうた」

それを聞き、マコトは絶句する。

真実を言えないから言い方を変えたのだろう。記憶を盗み見たが、鎖で縛られて身動きがとれないところを、短刀で抉り取られるなんて恐ろしすぎる。

「もうひとつの目は残っとる。別に、それで十分や」

此方からは真島の表情が窺えないが、ため息のように深い息を吐き出したのがタバコの煙の動きで分かった。

「……かわいそう」

まさか、そんな事を言われると思っていなかったらしく、真島は驚いたようにマコトへ振り返った。しかし、すぐに顔を背ける。

「……アホか、お前の方がよっぽどやろ?」

「俺からしたらどっちも同じだよ……」

それを聞いて、マコトは首を横に振り、自分のは心因性の物だから治る可能性があるのだと告げた。

「じゃあ、またいつか見えるようになるんだろ?良かったな」

「でも、その人の目は……」

真島の目が治らないことを気にして、申し訳なさそうにマコトは俯く。まだ見えるようになった訳でもないのに優しい人だ。

「もう慣れとる。そない不自由しとらんわ。せいぜい男前が台無しになっただけや」

「男前なんだ……」

「目が揃っとったらな。お見せできんのが残念やで、ほんま」

それを聞いてマコトは小さく笑う。ここに来て初めて笑顔を見た。少しはアスカ達に気を許せるようになったみたいだ。

「ま、俺から見てもそこそこ男前だと思うよ」

「そこそこってなんやねん!」

アスカの評価に真島がムッとして睨む。その睨みをわざとらしく視線を反らして、受け流した。

「ふふふ……」

二人のやり取りが面白かったのか、マコトは口元に手を当てて笑った。その腕に腕時計がはめられているのに気づく。

「腕時計、何でしてるの?見えないんでしょ?」

指摘されて、マコトは袖を少しだけ捲り腕時計を見せて微笑んだ。

「まぁ、ね。でも、かわいいでしょ?」

金古美色の縁取りに、茶色の細ベルトでシンプルだが女の子が好きそうな可愛らしいデザインだ。かわいいとわかっているということは、目が見えていたときから使っていたのだろう。

「見えへんのやろ?けったいなやっちゃ……」

「わかってるよ。でもね、これオルゴールの曲が鳴るの。それがまた可愛くって、癒されるんだ」

腕時計をよく見ると確かに文字盤の下の方に、小さなオルゴールの櫛歯がつけられている。

「へぇー、聞いてみたいな」

「……今は鳴らない。だって時計が、壊れてるから」

マコトは眉を下げて、答えた。てっきり音が鳴るから着けているのかと思ったがそうではないようだ。呆れたような真島のなぁーんやねん!?という突っ込みに、マコトは困ったように笑った。

「でも、捨てられないものってあると思わない?他人からみれば全く意味がないけど、自分にとっては何だか、すごく大切っていうか……」

腕時計をなぞりながら、マコトは言葉を溢していく。

「目が見えなくなって、時間もわからなくなって、時計も壊れて、音も出なくなって……だからわかってるよ。そんなものひつようないって。でも私がまだ元気だった頃の証なの」

それを捨てちゃったら、私は……本当にーー
そのあとには何が続いたのだろう。気の利いた言葉も返せず、マコトを見つめた。

「でも……またあのオルゴールの音、聴いてみたい……」

酷く寂しげな呟きだった。

「わかるで。捨てられんかったら持っとりゃええ。持っとりゃきっと、いつかええことある」

「いつか……いいこと、か」

真島の言葉を聞いて、マコトは暫し黙りこんだ。それから徐に捨てられないと言っていた筈の腕時計を外して、ソファへ置いた。

「やっぱり、違うよね。そんなものにこだわってるから、いつまで経っても私には現実が見えてないんだ」

ゆっくりと立ち上がり、数歩歩きマコトはアスカ達に背を向ける。

「大切な物なんだろ?持っててもいいんじゃないか?」

「いいの。ありがと。あなた達の気持ちは嬉しいよ。感謝してる」

「そうやない!お前が必要やと思うんやったら、必要なんや。本当にそう思うんやって」

アスカの言葉も、真島の言葉も、マコトは聞き入れなかった。

「ううん。大丈夫。私……強くなる。強くならなきゃ……」

自身に言い聞かせるように、マコトは呟き、大切な物を捨てる決心をしたようだった。それを聞いて、真島はなにも言わずにそっとソファに置かれた腕時計を掴むと、ジャケットの内ポケットへ仕舞いこんだ。

「……せや、まだ言うとらんかったけどな。李のおっさんは、なんややることがある、言うとったわ。それが済んだら、ここに迎えに来させる。それまでもう少しの辛抱や」

「うん……」

マコトの返事を聞いて、真島は立ち上がった。その小さな物音を聞いてマコトは振り返り、どこか行くの?と真島へ問う。

「……そろそろ仕事の時間なんや」

「あぁ……キャバレーの仕事か」

もう日も暮れる頃だ。流石に支配人ともなれば、仕事を休むわけにもいかないのだろう。出入り口へ歩いていき、そのまま出ていくのかと思ったが、ドアの手前で足を止めて振り返った。

「……佐川って名前に聞き覚えあるか?近江連合の極道や」

「!……いや、知らないな」

ヤクザの事を訊ねられてアスカは僅かに眉を上げつつも、首を横に振った。マコトもアスカと同じように首を横に振る。

「そうか……佐川も誰かに頼まれただけかもしれんな。けど……なんでお前みたいなんが極道に狙われるんや……」

佐川のバックにまだ誰かいる可能性があるとは思わなかった。裏には誰がいるのか。顎に手を当てて、アスカは目を細くする。出来るなら情報収集をしておきたいが、マコトの事を放っておくわけにもいかない。

「あなたは……その佐川って人に脅されてるの?」

「……似たようなもんやな。けど、俺はお前を殺すことで褒美を貰えることになっとった。東城会に戻れるっちゅうな……」

東城会?と聞き返したマコトに真島は言葉を濁した。

「けどよ、殺し命じられてんのに、無視していいのかよ。アンタの命もヤバイだろ?」

「大丈夫や。李のおっさんがなんや考えがある言うとった。うまくいったらマキムラも俺も……もう殺されんで済むっちゅう話や」

李という男とアスカは面識がないため、あまり信用が出来ない。真島もマコトも助かる、そんな都合のいい方法があるとは思えず、アスカは顔を険しくした。

「ほな……仕事行ってくるわ。それまで頼んだで」

「はいはい、わかりましたよ」

此方に視線を寄越してきた真島にアスカは気だるげに返事をして、手をひらひらと振った。


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