- ナノ -

龍が如く0

09:疑惑


がらりと倉庫のドアが開いた。

「おう、帰ったで」

「李さんは?どうでした!?」

声色で誰が帰ってきたか判別したらしく、マコトは開口一番、李の安否を確認する。こちらへ歩みよりながら、真島が答えた。

「無事や。……あいつは1発2発撃たれたとこで死ぬタマやないな。ピンピンしとった」

その答えを聞いて、マコトは安心したように良かった、と泣きそうな声で呟いた。李の姿をマコトの記憶で視たが、筋肉隆々の男だったし、相当当たりどころが悪くないと死にそうにない。

ソファの上で抱えた膝に顔を埋めて、マコトは長い沈黙を破った。

「でもそれじゃ……"あの話"も、全部聞いたの?」

真島は頷いた。

「長いこと、えらい目に遭うたんやな、お前。いや……今も似たようなもんか。自分殺しにきた男とようわからん男とボロい倉庫に缶詰や」

ようわからん男と表現されてアスカは少しばかりムッとした。流石にこの暗い空気の中で突っ込むつもりはないが、もう少し他の表現はできなかったのだろうか。

「けど……"蝙蝠の刺青"のことは多分、お前が狙われとる理由とちゃう。李もそう言うとった」

「そう」

李もマコトが狙われている理由を知らなかった。となると、理由を知っているのはアスカだけということだ。しかし、マコトを保護したとはいえ、近江連合と繋がりのある真島に真実を伝えるのはややリスクがある。

一番良いのはアスカの依頼主である彼が、早くマコトを保護してくれる事だが、今朝連絡したものの、ここに来てくれるのは何時になるか、はっきりとわからない。

すすり泣く声が聞こえて、アスカは思考を止めた。

「つらいこと思い出させたな」

殺し屋とはとても思えない、優しい声色だった。真島はマコトの隣に腰掛け、彼女を見つめる。

「少しやけど、俺もお前に似たとこがあるんやーー」

そして真島は簡単に己の過去を話した。片目しかないこと、監禁されてたこと。マコトと比べて自分は"天国だった"と言ってはいたが、以前視た真島の過去は血反吐が出そうなほど惨かった。

「……二人とも重すぎねぇ……?」

どちらが、など比べようにならない。どっちも同じくらい重い。自分も大概不幸な方だとは思っていたが、この二人よりかは天国だ。

「せや!腹へったんとちゃうか?なぁ?ゆうべから何も食うとらんもんな?」

どんよりとした空気をどうにかしようと、真島が話を変えるがマコトはすすり泣いたまま遠慮する。

「アホ、大丈夫なわけないやろが。腹へっとるからそない落ち込むんや。元気ないときは食うに限るで。な?何か欲しいもんあるか?」

「……それなら、たこ焼き」

すすり泣きながらも、ぼそりと呟いた。一度は遠慮したものの、実際お腹は空いていたのだろう。可愛らしいリクエストを聞いて、アスカは微笑んだ。

「お!なら俺もたこ焼き食べたい!生姜たっぷりのやつ!買ってきて!」

「アホ!お前も一緒に来い!聞きたいことがあるんや!」

はい!と右手を上げて、マコトと同じようにリクエストをすると真島に怒られてしまった。一緒に来い!と怒鳴られ、アスカは渋々立ち上がる。

そろそろ言われる頃だろうとは思っていた。向こうは此方の名前も素性も知らないはずだ。ずっと気になっていただろう。

「えー……」

「えーとちゃうねん!ほら行くで!……買うてくるから、ちょう待っとけ」

アスカは引き摺られるようにして、真島と共に倉庫を出た。外へ出ると同時に真島は掴んでいた腕を離し、アスカを睨むように見下した。

「それで、お前は何モンやねん。この前ウチの店に来とったやろ?」

「何モンって言われてもな……通りすがりの一般人、としか言いようがねぇんだが……」

アスカよりもほんの少し上にある顔を見上げる。その回答では真島は納得できなかったらしく、眉間にシワを寄せた。マコトを見る優しげな表情とはうって変わって、怖い顔をする真島にアスカは肩を竦める。

「お前東京から来た、言うとったな。何で大阪へ来たんや?」

「仕事だよ。終わり次第東京に帰る予定だけど……乗り掛かった船だし、彼女が安全になるまでは一緒にいようと思ってる」

嘘をついてはいない。ただはっきりとは言わない。アスカの言葉を聞き、真島は品定めするように目を細めた。

「ま、アンタが俺を信用ならねぇってんなら、出てってもいいけど……今は彼女を守る人間が多い方がいいだろ?」

アスカは真島から視線をそらし、歩きだす。

「……お前はホンマにヤクザと関係ないんか?」

背中へ掛けられた問いにアスカは立ち止まり、視線を上げて少し逡巡した。答えはノーだ。けれど、それを真島に知られるわけにはいかない。

くるりと振り返り、なにも言わずに真島へ笑いかける。嘘をつくことも出来たが、どうしてもアスカには真島に嘘をつくのが憚られた。その反応に真島は何やねんと不審がる。

「俺が悪人だったらさ……アンタが李さんってのに会いに行ってる間に連れ去ってると思うぜ?」

真島の目を見つめて、僅かに眉を下げる。少しだけ開いた真島との間に、どうあがいても埋められない溝が見えるような気がして、アスカは視線を下へ落としながら、真島から背を向けた。

「俺……俺はアンタから見たらすげぇ胡散臭い存在かも知れねぇけどさ……絶対アンタの敵にはならねぇから信じてほしい」

そこまで言い切って、アスカは長くて重い息を吐き出した。

近い内にマコトはあの人へ引き渡さなければならない。それが一番ベストな対応のはずだ。少なくとも3人でヤクザから必死に守っているよりかは、マコトは安全だ。

見上げた空はどこまでも青くて、どうしてか泣きたくなった。


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