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龍が如く0

07:最低の殺し屋


埃臭い倉庫には、使い古されたソファやテーブル、内装替えに使われたであろう脚立、店の備品が入った段ボールなどが沢山置かれていた。 本当に人の出入りもないのだろう。どれもこれも薄く埃が積もっていた。

軽く椅子やテーブルに手を触れたが、大したことは読み取れない。 取るに足らない情報だが、逆に言えばここにはあのヤクザたちは来ていない安全な場所、ということだ。

「きゃっ……!?」


ぼすんっーー


小さな悲鳴とともに綿埃が舞う。ソファへ投げるように座らされたマコトは埃をもろに食らって咳き込んだ。

「おい、もうちょっと優しくしてやれよ……」

真島のやや乱暴なやり方にアスカは咎めるように声をかける。

「ここは倉庫や。古いソファやらそこら中積まれとる。うろうろしたら怪我すんで」

目の見えないマコトを脅すような物言いだ。

マコトのこと。狙われる理由。色々と訳がわからない事が多すぎてイライラしているのだろう。だからってマコトにあたるのは違うと思うのだが、アスカが口を出すとややこしいことになりそうだ。

「あの何があったんです? なんで私がこんな……」

「そりゃこっちの台詞や。ヤクザ連中が名指しでお前狙うとる。心当たり、ないわけないやろ」

マコトはそんなこと言われても、と俯く。彼女は本当に何も知らない。過去にやや気になることもあったが、今回のことはそれは関係ない。

「"マキムラマコト"言う名前は……テレクラの女どもによう知られとる。そいつは"蝙蝠の刺青"の男を探しとるらしい」

その言葉を聞いた瞬間、マコトははっと顔を上げた。反応から見るに、何らかのことは知っているようだ。

「そのマキムラマコトは……お前なんか?それとも名前騙っとった店長の方か?」

アスカは黙ったまま、彼らの問答を聞く。テレクラ云々の話はアスカも知らなかった。まさかそんな所に情報があったとは、アスカもまだまだ情報屋としては力不足だ。

それは……と答えを濁すマコトを真島は更に問い詰めた。

「お、お前なんか……!?せやったら、それがヤクザに追われとる理由か!?」

「知りません、私は何も……。貴方は、誰なんですか?」

誰、と問われ、真島は答えに迷ったように視線をさ迷わせた。それからどかりと、古びたソファに座り、小さな声で吐き捨てた。

「しょーもない男や」

「え?」

「人ひとり殺すこともできん最低の……ーー」


ーー殺し屋や……。


続けられた言葉にマコトは息をのみ、アスカは眉間にシワを寄せながら目を細めた。真島が殺し屋だったとは、思いもよらぬ事実だ。なら命令したのは佐川だろう。

「"マキムラマコト"を殺せとだけ言われたんや。相手が、目の見えん女とは知らされんかった」

殺せと言われたのにも関わらず、彼女を保護したということは、情がわいたのだろう。

「けど、お前を狙ってたんは俺だけやなかった。お前一体何モンなんや?蝙蝠の刺青いうのはなんや?なんでそいつを探っとった?」

「いや!李さんは!?李さんに会わせて!!」

乱暴に捲し立てられて、マコトはパニックになったように叫んだ。

李という人物はマコトの記憶の中に沢山映っていた。保護者のような存在なのだろう。昨夜、マコトがヤクザに襲われていたことから察するに、襲撃を受けた李も無事ではすまなかったようだ。

「あの店長は……お前さらいにきたヤクザに撃たれた」

「撃たれた……!?でも、さっきはすぐ会えるって……」

恐らくここから出て李を探そうとしたのだろう、マコトは立ち上がったが地面の僅かな段差に躓く。それを真島がうまく受け止め、そして落ち着かせるように李は大丈夫だと言い聞かせて、もう一度ソファへ座らせた。アスカも倉庫に置かれていた丸椅子に座り、二人と向かい合う。

「私を、殺しに来たんなら、なんで助けたの?なんで、殺さないの……?」

「お前は、殺されたいんか?」

随分ずるい切り返しをする。マコトは沈黙したまま首を横に振った。自殺志願者でもない限り、誰だって訳もわからないまま殺されたくはない。

「どのみち、お前を生かしとることがバレたら、お前も俺も、俺の雇い主に消される」

本来、マキムラマコトの保護はアスカの仕事ではないが、ここまで来てサヨナラというのも気が引ける。最後まで付き合って守りたい。真島はともかくマコトだけは絶対に。

「せやけど、なんでお前が狙われとるかがわかれば、やりようがあるかもしれん。蝙蝠の刺青いうのはなんや?なんでその男を探しとる?」

「蝙蝠の刺青の話なら、李さんが知ってる。李さんに聞いてください。そうすれば、分かりますから」

彼女が嘘を吐いたのをアスカは敢えて気づかぬ振りをした。

蝙蝠の刺青の事をマコトは知ってるはずだ。マコトの記憶にそれを確かに視たが、もしかしたら、マコトはそれを言葉にしたくなかったのかもしれない。視ていてあまり気持ちのよい記憶ではなかった。

「ええか。死にたなかったらこっから出るんやない。おいお前、女の事ちゃんと見とけよ!」

「あぁ、任せとけ」

アスカとマコトを置いて、真島は倉庫から出ていった。


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