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龍が如く0

05:マキムラマコト


マキムラマコトを探し、その居場所を報告するーーとはいえ、アスカはそのマキムラマコトの顔も性別も知らない。手掛かりといえば恐らくはこのあたりにいるだろう、というざっくりとした情報のみ。いくらサイコメトリーがあるとはいえ、中々無茶を言う。

下手に人に名前を聞いて回ると他のヤクザ連中に目をつけられる可能性もある。

「全く……あの人も無茶言ってくれるぜ」

橋の手すりにもたれ掛かりながら、やれやれとため息をついた。すでに日は落ちかけており、空は薄暗くなっている。ここまでで有益な情報はほとんどない。

あの人はアスカが初めて情報屋を始めたときの、初めて依頼を受けた客だった。彼のお陰でアスカはフクロウという肩書きが付き、今の地位まで登り詰めることができた、と言っても過言ではない。その事には感謝してはいるが、今回の依頼は少々無理難題過ぎて困る。

「ふー……やっぱ地道に情報収集するしかねぇか……」

息を吐き出して、アスカはゆっくりとまだ情報収集の手をつけていない招福町西方面へと足を向けた。


女の子の悲鳴が夜の蒼天堀に響き渡った。情報収集のために街をぶらついていたアスカははっとして声の方へ走り出す。 

急いで曲がり角を飛び出すと、ショートカットの女性がヤクザらしき強面の男数人に囲まれ、車の中へ引きずり込まれそうになっていた。 周りにも人はいたが誰もが極道に関わりたがらず、遠巻きに見ているだけだ。

「チッ、クソッタレ……!」

舌打ち混じりに悪態をつき、勢いをつけて囲んでいるヤクザのひとりに飛び蹴りを繰り出した。不意打ちの攻撃をくらった男は面白いほどぶっ飛んで店の壁にぶつかった。

「ヤクザがカタギに手ぇ出してんじゃねぇぞ!」

それも非力な女を複数で囲むなど言語道断だ。突然の乱入者にヤクザ達がこちらを振り返る。

「なんやてめぇは!?」

「誰だって良いだろ?女に手ぇあげてんのが気に入らねぇだけだ」

来いよ、とハンドジェスチャーで挑発する。桐生や錦山ならともかく、したっぱのヤクザに負けるほど弱くはない。 

前触れもなくナイフを振りかぶってきた男の攻撃を姿勢を屈めて避け、そのまま懐に潜り込こんで地面に手をつき男の顎を蹴りあげる。そのままの勢いで足を振り回し、背後にいたもう一人の男を蹴り飛ばした。

「おら!もういっちょ食らっとけ!」

蹴られて体勢を崩した男に更に追撃し、こん倒させる。あっという間にラスト1人だ。軽く手を払い、男と向き合う。

「てめぇ極道相手に楯突いてただで済むと思うなよ!」

「へぇどうするんだよ?」

残った一人が吠える。スーツの胸元に手を突っ込み男はニヤリと顔を歪めた。極道の胸元にあるものといえば拳銃だ。たまにドス持っているやつもいるが。

「動くなや、撃つで?」

拳銃持っているだけで優位にあると勘違いするやからが多くて笑ってしまう。銃を片手にニヤニヤする男にアスカは鼻で笑い、男に向かって走り出す。

「撃ってみろよ。当たらなきゃ意味ねぇぜ?」

「なっ!!」

ちゃんと訓練してない、銃を持ってうかれているだけの奴らの弾に当たる訳がない。少し動いただけで狙えないのは把握済みだ。

銃口の向きをしっかり見て、距離を詰める。


パンッーー


乾いた音が響く。銃弾がわずかに頬にかするが大したことはない。そのまま男に突っ込み銃を持つ手を蹴り飛ばす。狙い通り銃は男の手から離れ、地面に滑るように落ちた。武器を失い、動揺している男を嘲笑する。

「武器に頼ってる時点で甘いんだよ」

ばーか。なんて子供臭い罵り言葉を使いながら、鳩尾に回し蹴りをお見舞いしてやった。全員を昏倒させたのを確認して、車のそばで座り込んでいる女性のそばへ駆け寄った。

「大丈夫か?」

「え?え?貴方は誰ですか?」

手を差しのべたのに彼女は手をとらず、アスカとはややずれた方を見上げている。 目は開いているのに、目が合わない。

「俺はただの通りすがりだ。あんた、目が見えないのか?」

「は、はい……」

「やっぱりそうか。怖いと思うけどここから 離れよう」 

おずおずと申し訳なさそうに頷く彼女にアスカは静かに息を吐き出した後、怖がらせないよう努めて優しげな声色で言う。

あのヤクザ連中から聴こえた心の声から察するにかなりの人数で彼女を探し回っていたようだし、ここに留まっているのは危険だ。目が見えないのなら仕方がない。手をつかむよ、と一声かけてから彼女の右手を掴んだ。

そしてその瞬間、わかってしまった。彼女が狙われている理由を。

驚きに一瞬動きを止めてしまったが、すぐに我に返りアスカは彼女の腕を引いて立ち上がらせた。

「あんたは……」

「え?なんですか……?」

「いや、なんでもない。後で話そう」

不安げにこちらを見上げる彼女をみつめ、言葉を飲み込んだ。今は立ち話をしている場合ではない。とにかくどこかに隠れて、奴等を撒かなければならない。

彼女の腕を引いて走り出そうとしたーー

「待てや!その子をどこに連れていくつもりや!」

「あんたは……!?」

背後からの呼び止める声に、瞬時に彼女を背中に庇う。先日情報収集したキャバレーグランドの支配人、真島吾朗がそこにいた。前よりもやや窶れた顔をしている。

足早に近づいてくる真島にアスカは警戒を強める。ヤクザと関係している以上、真島も先程の奴らと同じかもしれない。

「さっきの、お客さん?」

「あぁ、そうや。それで、お前はその子をどこへ連れてこうっちゅうんや」

声色で人を判断しているのだろう。彼女がアスカの後ろからそっと身体を出した。どうやら先ほど何かしらあったらしい。彼女の反応を見る限り、真島は敵ではなさそうだ。

こちらが警戒を解いたのをみやり、真島も少し表情を和らげた。それでも険しいことにはかわりはないが。

「とりあえず安全な場所へとは思っているが…… 東京から来てるからこの街には詳しくないんだ」

「なんや……お前ヤクザの仲間とちゃうんか……」

「俺は見ての通り、カタギだよ。それで、隠れ場所に心当たりは?」

「そうすぐ思い当たらん。とにかく今はここから逃げるんが先や」

真島も元ヤクザのようだが、先程のヤクザのように彼女を殺そうという雰囲気ではない。 今のところはアスカよりも近辺に詳しい真島に従い彼女をどこかに隠すのが最善だろう。 

「とりあえず先導はあんたに頼む」

「あぁ、わかったで。彼女は任した」

互いに頷きあい、 同時に動き出した。


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