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龍が如く0

03:蒼天堀


大阪・蒼天堀ーー

決して安くはないお金を貰うのだから、それに見合う仕事はしなければならない。ホテルに荷物を置き、そのまま蒼天堀へと繰り出した。事前にある程度のヤクザ等の情報収集はしておいた。近江連合のお膝元だ。カタギとはいえ東の人間、あまり派手な行動は控えておくにかぎる。

適当にサイコメトリーで情報収集しながら街を歩く。 何気に関西に来たのは初めてだ。出店の良い匂いにひかれてついつい買ってしまったたこ焼きを頬張りながら、蒼天堀の橋を渡る。食べ歩きは最高だ。

ふと、 橋の真ん中で川に目を向けた。風景がダブる。船が不自然な動きをする光景が一瞬脳裏に写る。

「へぇ。あんなのあんのな」

ごくんとたこ焼きを飲み込みながら、目を細めた。手すりに肘を置き川を今度はじっくりと集中して見る。次はしっかりと船が動き、その内部だけがエレベーターのように沈んでいくのが見えた。 もちろん今の出来事ではない。 この場に残された思念たちだ。

さすがにあの先に何があるのかまでは読み取れない。が、なかなか面白いものが見れたので良しとしよう。また時間があれば調べておこう。

食べ終わったたこ焼きの器を道端のゴミ箱へ捨て、アスカは再び蒼天堀を歩き出す。

「ねぇ、お姉さんちょっと聞きたいんだけど、蒼天堀でおすすめの場所とかない?」

適当に女性に声をかけてみる。 髪を明るい色に染めやや遊んでいる風の女性は、 声をかけたアスカを上から下へ値踏みするように眺めてからにこりと笑った。どうやらアスカの風貌は女性の御眼鏡にかなったようだ。

「う〜んそうだね〜……グランドとかおすすめだよ〜」

「グランド?」

聞き返すと彼女はうん!と頷いた。

「えっとね、 キャバレーなんだけど、そこの支配人が“夜の帝王“って呼ばれてて有名なんだぁ」

へぇ。と相づちをうつ。そういう手の店はヤクザと繋がりがあることがそこそこ多い。アスカの求める情報もありそうだ。

「私そこのキャストしてるんだ!お兄さんも来てよ」

今日の夜も出勤なの。と彼女は名刺を差し出してきた。断る理由もないので、名刺を受けとる。花柄の可愛らしいデザインの名刺をちらりと確認した。

「まどかちゃんっていうんだ?」

「うん!お兄さんかっこいいから指名してくれたらサービスしちゃうよ」

ちゃっかり自身を売り出す彼女にクスクス笑うと、彼女はすこし頬を膨らませながら絶対だよ!と念を押してくる。

「わかったわかった。今日の夜行くよ」

「やった!ありがとう!用事がなければ今からお兄さんと遊びたかったなぁ」

しょぼんと肩を落とし、彼女は残念そうにする。そんな彼女を簡単に励まして、また夜に、と約束をして別れた。

夜の予定は決まった。“夜の帝王“は調べる価値がありそうだ。できれば情報収集のために話がしたいが、最悪握手するだけでもいい。ある程度の情報は得られるだろう。

夜の帝王が“マキムラマコト“のことを知ってるかどうかはわからないが今は手探りで探していく他ない。知らなければ知らないでまた他の場所を調べにいくだけだ。

街中を念入りに調べているうちに夕方になった。そろそろグランドも開店している頃合いだろう。

ギラギラとしたネオンの看板が取り付けられたまわりと比べてひときわ大きな建物がグランドだ。軽く身だしなみを整えてから店に入る。いつも実年齢より上に見られるが、実をいうと未成年なので入り口で止められないかやや不安だ。

最悪ボーイにお金を握らせて入れば良い。手持ちのお金は十分にある。そんな悪い小細工が通じる店かどうかはわからないが。

店内に入るなり、華やかな音楽が聞こえてきた。出入り口の真正面には大きなステージがあり楽団が演奏をしている。天井には絢爛豪華なシャンデリアが取り付けられ、 座席数も多い。二階席もあるようだ。

「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」

「あぁ。まどかちゃんで頼みたいんだけど……」

「かしこまりました。お席にご案内いたします」

年齢確認がされなかったことにほっと安堵しつつ、ボーイの後をついていく。

その間にもあたりの客を確認する。若者から年寄りまで年齢問わず様々な人が来ている。席数が多いにも関わらず、ほぼ満席のようだ。街での噂は本当らしい。

昔は大きな店をもて余していた寂れたキャバレーだったというのに、支配人が変わってから蒼天堀No.1キャバレーに上り詰めたグランド。支配人が素晴らしいと、 聞く人皆が口を揃えて言うのだから驚きだ。

「こちらです」

ボーイに促され席に座る。一階席の通路席だ。差し出されたおしぼりを受け取り、女の子が来るのを待つ。

「お兄さん、お待たせ!来てくれてありがとう!」

「はは、今日はよろしくな」

キラキラした可愛らしい笑みを浮かべて、まどかはアスカの隣に腰かけた。昼間とは違い、きらびやかなドレスに身を包み、甘い匂いを漂わせている。

飲み物を促され、メニューを開いた。こういう店だけあって、それなりにどれも高額である。

「まどかちゃんはどれが好き?」

「私はそうだな〜これとか、好きだよ」
 
メニューのそれなりに高めの飲み物を指されてアスカは苦笑する。だが、まあ持ち合わせはある。

「ならそれと、ウーロン茶とフルーツセットで」

「え!本当に頼んでくれるの?ありがとう!……お願いしまーす!」

驚いたように目を見開きつつも、直ぐにボーイを呼んでオーダーをするあたり、ちゃっかりしている。そんなまどかを見て、アスカはくすくす笑った。

「お兄さん若いのに、お金持ちなんだねぇ」

「そうーー」

かな?と続けようとしたアスカの言葉は悲鳴に遮られた。賑わっていた店内がしん、と静まり返る。視線をそちらへ向けると中年の客がキャストの胸をがっつりと揉んでいた。

キャストの悲鳴を聞き、ボーイがすっ飛んできて客を止める。が、全く聞き入れず、それどころか激昂した客はボーイを突き飛ばした。

「酔っ払った客は何するかわかんねぇな」

いつの間にか生演奏の楽団も演奏を止めていた。楽しい空間に水を指すようなバカな客を席についたまま眺める。

こつ、こつーー

静まり返った店内に階段を降りる足音は良く響いた。


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