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龍が如く0

02:出張依頼


桐生と錦山に出会ってから数日が過ぎた。

ここ数日の仕事の依頼は細々した物ばかりで大したことはなく、終わらせてしまった。つまり、暇ということだ。やることなく神室町をふらついていると、ポケベルが鳴った。

胸ポケットからポケベルを取り出して、確認する。画面には見慣れた電話番号が表示されていた。仕事の依頼だろう。視線をさ迷わせ、公衆電話を探す。

目と鼻の先にあった公衆電話に入り、テレホンカードを入れて、電話番号を押した。何度かのコールの後、電話が通じる。

「……こちらフクロウ、何かご用ですか?」

『あぁ。お前が前に調べてくれたカラの一坪の持ち主の事だ』

受話器のコードを手で弄りながら、相手の言葉を聞く。まだその情報を集めているようだ。無理もない。あの土地の権利があれば神室町再開発計画の利権で、莫大な金、それからゆくゆくは東城会のトップの座を手に入れられる。

先日もカラの一坪で殺人が起きたとニュースでやっていたし、あそこを巡って面倒な事が起きそうだ。

「マキムラマコトーー」

『あぁ。私の協力者からマキムラマコトが関西にいる可能性がある、と。本来なら部外者であるお前には教えられるような情報ではないのだが……』

協力者、と言われ、アスカは目を細めて、なにも言わずに相手の言葉を待った。確かにマキムラマコトの情報は今や堂島組が必死になって探している物だ。欠片ですら、かなり重要な情報だろう。そんな情報をアスカに教えるとは依頼主も切羽詰まっているのかもしれない。

「それで?」

何となく嫌な予感がしたが、アスカは敢えて相手の言葉を促した。

『こちらも時間がない。お前なら信頼できると判断した……向こうに行ってもらいたい。向こうでマキムラマコトを探してほしい。東城会の人間ではないお前なら、近江連合の膝元でも波風立たないだろう?』

それを聞いてやっぱりか、と思ってしまった。贔屓にしてくれている常連客だから、そう邪険にする訳にもいかない。少し返答に迷い、ふ、と息を吐き出し、あちこちにシールや広告の貼られたガラス越しの隙間から空を見上げた。

『依頼料は勿論弾む』

答えずにいると、付け足される。払いが良いのは確かだ。逡巡して、口を開いた。

「本当なら出張なんて受けてないんですけどね。他ならぬ貴方の頼みなんで……その依頼受けますよ」

『すまないな。場所は大阪、蒼天堀だ。よろしく頼む』

相手の電話が切れたのを確認してから、アスカは受話器を下ろした。機械音を立てて、テレホンカードが出てくる。それを引き抜いて、アスカは電話ボックスから出た。

流石に今回の依頼は長くなりそうだ。ふぅ、とため息を吐き出して、仕事の準備をするために歩きだした。

「あれ?彰、何やってるんだ?」

劇場前広場を歩いていると見覚えのある背中を見つけて、アスカは声をかける。振り返った錦山は少し疲れた表情を浮かべていた。

「あぁ、アスカか……」

「何かあったのか?」

歯切れの悪い錦山に訊ねたが、錦山は苦い顔をして言葉を探すように視線をさ迷わせる。そして、暫く考え込んでから、言葉を選ぶように話し始めた。

「……桐生が、ちょっとな……」

「この前の商店街の路地で起こった殺人事件が原因か?」

何となく思い当たった事を言うとどうやら当たりだったらしい。錦山は渋い顔のまま頷いた。

桐生が無意味に人を殺すような人間では無い。誰かにハメられたのだろう。しかし、よりにもよってカラの一坪とは。大方、堂島組か東城会の人間の企てだろうことは予測はついた。

「それで?一馬が人を殺す訳ねぇし、濡れ衣で自首したって事はねぇだろ?」

「あぁ。けど、責任とってあいつは組抜けちまった……」

まさかそんな事になっていたとは知らなかった。桐生が罪を被ることになって喜ぶのは誰だ?と内心で考える。

桐生のバックには風間がいる。桐生が組を抜けたとなるとケジメをつけさせられるのは風間になる。つまり風間を失脚させたい誰か……堂島組の可能性が高い。

「俺も手伝ってやりてぇんだがよ、堂島組の代紋が邪魔しやがる……」

「……あぁそりゃそうなるよな……極道ってのも難しいな」

苦々しげに錦山は吐き捨てた。兄弟が危険な目に合っているのに自分だけ安全な場所でいるのが嫌なようだが、打つ手がなさそうだ。確かにアスカが手伝えればいいのだが、如何せんタイミングが悪すぎた。

「俺が力になれたらよかったんだが……生憎明日から仕事で大阪なんだ……悪い」

「いや、気にすんなよ。カタギのお前が首突っ込んでいい問題じゃねぇしな」

「本当にすまねぇな……一馬にも言っておいてくれると助かる」

「そうか……分かった伝えておく」

それじゃあ、ごめんな。と再度謝罪を付け足して、アスカは錦山と別れた。


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