- ナノ -

龍が如く0

00:Prologue


サイコメトリー(Psychometry)という物を知っているだろうか?所謂超能力の一種だ。ありとあらゆる物体に宿る思念を読み取ったり、感情を聞き取ったりするそんな能力。物心付いた時から俺にはずっと他人の感情が聞こえたし、過去が視えた。

これはそんな能力を持つ男の話だ。


1988年。時代はバブル真っ只中。誰もが有り余るほどの金を持つ、そんな時代。

カラフルなネオンがギラギラと光る神室町はもうまもなく日付変更線を越えようとしているのにも関わらず騒々しい。タクシーを引き留めようと万札の束を振っている若者を横目に通りすぎる。
タバコの臭いの立ち込める通りを抜けて、街のちょうど中央に位置する昔ながらの商店街に足を踏み入れた。地上げにより殆どが立ち退き、シャッター街と化したそこは夜の薄暗さも相まって、一際寂れて見える。穴だらけのアーケードとはいえ幾らかの雨風を凌げるからか酔い潰れたらしい真っ赤な顔をした男が数人、シャッターの前に転がっていた。

近寄らなくとも漂う微かな酒の香りに顔をしかめた。頭が回らなくなるほど、飲みたい物なのか些か疑問である。足元に落ちているひしゃげたビールの空き缶を一瞥し、商店街の中にある細い路地に身体を滑り込ませた。

何度か角を曲がって突き当たりにたどり着く。建物と建物の間に出来た僅かな隙間、たった一坪の土地。"私有地につき、立ち入り禁止"という注意書の立て札は何者かに蹴り飛ばされ、隅に追いやられていた。よくわからないガラクタが積み上げられ、ゴミ置き場のようになっているせいか、鼻につく嫌な臭いが立ち込めている。用がなければわざわざ立ち入ろうとは思わないような場所。

ふぅ、とため息をひとつ。さっさと用を済ませてしまおうと俺は両手を覆う黒い革手袋を外し、その場に膝をついた。
指先がざらりとした地面に触れる。目を閉じ、意識を指先に集中させた。残された思念が脳裏にしっかりと描かれていく。

酔っぱらいが迷いこむ姿、野良猫が散歩する姿ーー求めているのはそんな物じゃない。求めているのはこの土地の、たった一坪の所有者の情報だ。眉間にシワを寄せ、更に情報を読み取る。古く錆び付いた引き出しを開けるように、慎重に。

ーーこの土地は……マコト……マキムラマコトへ。

老人のしゃがれた声が耳元で聞こえてハッとする。口元を押さえ、ぼそりとその名前を呟いた。マキムラマコト。その人物がこの土地の所有者のようだ。
まだ誰も知らないだろうこの情報を依頼人へ必ず伝えなくてはならない。それが俺の、情報屋"フクロウ"の仕事だ。

他にも何かないかと探ったが、名前以上の情報は得られなかった。しかし、収穫なしよりはマシだ。すくりと音もなく立ち上がり、軽く手を払った。用は終わった。ここにはあまり長居しない方がいいだろう。東城会の連中ーー特に堂島組に目をつけられると面倒だ。誰かに見られる前にさっさと退散するとしよう。

踵を返し、俺は誰にも気づかれないようにそっと路地裏を後にした。


prev next