龍が如く4
14:決着
周りの護衛兵が強かっただけで、宗像自体は弱いのだろう。選りすぐりの精鋭兵が倒れたことで宗像は怖じ気づき、尻餅をついて谷村から逃げるように後退する。その情けない様子を眺めていると、宗像は手すりにもたれ掛かっていた堂島にぶつかった。
「おい、会長!堂島会長!あんたはヤクザだろう?強いんだろう!?何とかしろ、おい!」
敵であった筈の堂島にまで助けを求めようとする権力者に有りがちな光景に反吐がでそうだ。宗像の声など聞こえていないのか、堂島は独り言のように呟く。
「やっぱりすごい。俺には越えられなかった……アンタも明日からの事を考えた方がいい」
谷村が宗像を追い詰めたのとほぼ同じぐらいに他の3人もそれぞれの敵を倒したようだ。いつの間にかアスカ達の所へ集まって、宗像を睨んでいた。
その様子を黙ってみていた谷村が、胸の内ポケットから拳銃を取り出す。警察が使うリボルバー銃だ。銃口を向けられた宗像はよろよろと立ち上がり、谷村から距離を取ろうとするが手すりが宗像を阻む。
かちりと撃鉄が下ろされた。後は引き金を引くだけで発砲できる。
「谷村くん……!ちょっと待ちなさい!こんなことしたら、君、どうなるか分かっているのか……?」
谷村は一切答えず、躊躇なく銃を連続して
撃った。宗像が手を置いている手すりに4発。
「ひぃ……!」
鼻から当てるつもりは無かったのだろうが、宗像には効果覿面だったようだ。頭を抱えて蹲った。
銃口を向ける谷村の隣へ新井が並び、同じように宗像へ銃口を向ける。
「殺すべきではない。そうか、そうだよな」
まるで独り言のように、自分に言い聞かせるように新井は呟いた。全員が新井を見つめる。
「宗像さん、怖いですか?だが、あなたがのし上がるために、多くの人の命を奪った罪はこんな恐怖だけで償うことはできない。あなたは死ぬべきじゃない」
はっきりと、新井は宗像を見据えて続けた。
「あなたが利用してきた刑務所の中で一生罪を償ってください」
ーー私も、一緒にお付き合いします。
自らの銃を捨て、そして、谷村の銃を手で押さえて下ろさせる。ここで死なせて楽にさせるよりも宗像には刑務所にいれてやる方がいいお灸になるだろう。
「ありがとう」
その言葉に谷村は反らしていた視線を新井へと戻した。
「私が知っている警察という組織は、利権と欲望の場所だった。君みたいな刑事に最後に会えたことで、少し、救われたような気がするよ」
そして新井はこちらへ振り返ると、深くお辞儀をした。新井の顔を見て秋山が小さく微笑む。
これで一件落着した、と思われた。
「ふふふ、ふははは!!」
気の狂ったような笑い声が背後から発されて、全員が驚き、振り返る。可笑しくてたまらない、そんな風に顔を歪めて宗像が笑っていた。
「こんなことで私が逮捕されると思っているのか?」
「何?」
「刑務所に送るだと?私を誰だと思ってるんだ?警視庁のそれも副総監だ。そんな人間が捕まることがあると思うのか?」
よろりと立ち上がり、宗像は手すりにもたれ掛かる。ここまで追い詰められてもなお、しぶとく食い下がれるほどの余力はあるらしい。
「お前の犯罪行為は証明されてる。確固たる証拠もあるんだ。なのにどうして逮捕できない!?」
「馬鹿だなぁ。現場の刑事ってのは……。警察というのは正義だ。この国の正義を司る崇高な組織だ。その警察の顔役たる私が、逮捕されてみろ。馬鹿な一般市民は混乱するだろう。そんなことを警察が許すと思うかね?」
噛みつく谷村をバカにして、宗像は嘲笑う。
「権力者は権力によって守られる。何故か分かるかね?それがその国の秩序のためだからだ」
殺せば全員刑務所行きだ、と宗像は勝利を確信し高笑いをする。心底から嫌悪したくなるほどの邪悪さだ。だが、アスカ達は宗像の裏をしっかり読んでいた。
全員と視線を合わせて、頷きあう。
「バーン!って撃ってもいいけど……本当に権力に守られてるのか、試してみようか?ね、秋山さん」
「はいはい。わかりました」
手で銃の形を作り、撃つふりをしながら、アスカは秋山に笑いかける。秋山が携帯で伊達に連絡を取れば、すぐにヘリのエンジン音が聞こえた。
ヘリの窓から見える伊達の姿に向かって、アスカは手を振る。そしてヘリから落とされたのは何千枚もの伊達特別製の号外。一面には宗像の汚職の事実が書かれている。金と共に地上へとひらりひらりと舞い落ちて、それは、一般市民の手に渡る。
「これは……!?」
屋上に落ちてきた一枚の号外を手に取り、宗像は驚愕に目を見開いた。
「俺らの知り合いに、ちょっと気合いの入ったブン屋のおっさんがいてね。その人が書いたスクープです」
見出しも写真もバッチリ決まっている。こんな号外がばら蒔かれては宗像も逮捕待ったなしだろう。すぐには逮捕されなくとも、調査をされ、間違いなく悪事は暴かれる。
「そうそう。アンタが追いかけていた例のファイルのコピー。提供したのは俺らなんですけどね!」
「貴様……!」
怒りでわなわなと肩を震わせて、鬼の形相で此方を睨んでくる。怒り狂った宗像が視線を下へと落としたーー
「ーー死ね!」
渇いた破裂音。
駆ける谷村。
倒れる秋山。
足元に落ちていた銃を拾い上げた宗像が狙ったのは秋山だった。銃弾は秋山の胸元に穴を開ける。
「「秋山さん!!」」
全員が名前を叫んだ。谷村は宗像の手から銃を蹴り飛ばして身体を取り押さえ、桐生は秋山の身体を抱え起こした。アスカも秋山のそばへ駆け寄り、顔を覗きこむ。
「おい、秋山!秋山!大丈夫か!?」
「秋山さん!しっかりしろ!」
懸命に声をかけ、身体に手を触れた瞬間に違和感を覚えた。死んでいく人間の感情は掠れて読みづらい筈なのに、はっきりと読み取れる。
「……あれ?」
胸を押さえて苦しんでいた秋山が何かを思い出したようにあ、と一音だけ発した。そして、胸元の内ポケットに手を突っ込んだ。
取り出されたのは、札束3本。銃弾は見事札束の真ん中で受け止められていた。
「奇跡やな」
まさか札束が秋山の命を救うとは誰が想像しただろう。冴島の言葉に頷き、アスカは笑った。
撃たれたときはひやりとしたが、死ななくて本当に良かった。今度こそ一件落着だろう。
宗像は谷村に手錠を掛けられ、すっかり小さくなっていた。悪事を国民にバラされ、プライドも地位もぼろぼろでお先真っ暗ならそうなっても仕方ない。
寝転がる秋山の隣に腰を下ろして、アスカは長い息を吐き出した。
「あ〜あ……やっぱり俺は、金に縁があるんだなぁ。金なんかもういらないと思ってたのに……最後は金に救われちゃったよ」
「金に愛されてんなぁ……羨ましいくらいだ」
命を救った300万を眺めながら、しみじみと秋山が言う。お金なんか要らない、なんてスケールが大きすぎて一生理解出来なさそうなセリフだ。
ふ、と口元を緩めて、夜空を見上げた。
ダァンーー
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