龍が如く4
13:弔い合戦
準備は整った。ミレニアムタワー屋上へ1000億を移送、それから敵への取引連絡もしっかりしておいた。後はもう向かうだけだ。
喪服に身を包み、屋上で靖子の写真に向けて黙祷する。それぞれ、思うところはあるだろう。
(何もできなくて悪かった……どうか安らかに……)
謝罪と、弔いの言葉を胸に抱きながら、手を合わせた。黙祷を終えた谷村が静かに一礼をして階下へと降りていく。そして次に秋山が。
じっと靖子の写真を見つめて動かぬ大きな背中を暫し見つめてからアスカは深く頭を下げて、踵を返した。
伊達の元部下である須藤に、警視庁のヘリを出してくれるように頼み(正確には伊達が強引に従わせた)、アスカ達はヘリに乗り込んだ。ぶつぶつ文句を言いながらも、きちんとヘリを動かしてくれる辺り、須藤も人が良い。
向かう先はミレニアムタワーだ。もう間もなく、約束の時間だ。1000億につられた奴等がノコノコとやって来ていることだろう。
「俺、ヘリに乗るの初めてだ。めちゃくちゃ眺めいいな!」
空高く舞い上がったヘリの窓から、ネオンでギラギラと輝く夜の神室町を見下ろして、アスカは目を輝かせた。年甲斐なくはしゃぐ緊張感のないアスカに、谷村が呆れている。
「ちょっと、アスカさん……」
「まぁまぁ、実際ヘリに乗るなんて機会中々無いんだし、ね?」
文句ありげな谷村を秋山が宥める。まるで決戦前とは思えない会話にヘリ内の空気感が緩んだ。ふっ、と桐生が薄く笑う。
そんな和やかな空気とは裏腹に、ヘリは決戦の地へと飛んだ。
1000億を撒き散らしながら、ミレニアムタワーのヘリポートへ着陸する。地上へ1000億が舞い落ちていく、その有り様を集まっていた4人が呆然と見つめる。宗像、新井、堂島、城戸ーーそれぞれがそれぞれの野望をもってここに来たようだ。
そんな彼らの間抜け面を見ながら、アスカ達はヘリから降りていく。
「あいつら……」
宗像が忌々しそうに吐き捨てる。警視庁の副総監ともあろう人間がこうもノコノコとやってくるとは1000億の力は絶大だ。
5人全員が降りたと同時に再びヘリは空へと舞い上がった。
「さぁ、誰が誰を殴りましょうか?」
秋山の言葉にアスカ以外の全員が何も言わずに思い思いの敵へと歩いていく。冴島と城戸、桐生と堂島、秋山と新井、谷村と宗像ーー宙に舞う一万円札を上手く指先でキャッチして、アスカはさて、とあたりを見回した。それぞれ、離れた場所で戦っている。
桐生、冴島、秋山はタイマンだが、谷村だけは複数を相手にして苦戦しているようだ。あそこくらい手助けしても良いだろう。
「俺も戦ってやるよ!」
谷村に背後から攻撃を仕掛けようとしている護衛兵に勢いをつけて飛び膝蹴りを食らわせる。面白いほどにぶっ飛んでいく兵士を見届けてアスカは戦闘の姿勢に入った。
「アスカさん!?戦えないんじゃなかったんですか!?」
敵の攻撃をいなしながら、谷村が叫ぶように聞いてくる。いなされて体勢を崩した兵士に上段蹴りを食らわせながら、アスカは答えた。
「ちょっとくらいは戦えるんだよな、実は!」
振り下ろされた警棒を半身で避けて、兵士の鳩尾に拳をねじ込む。これで三人目だ。まだまだ敵はいるが、何故だか負ける気がしない。
「あ!でも俺、掴まれると弱いから助けてくれよ?」
「ははは……分かりましたよ」
互いに背を合わせ、取り囲む敵を睨み付ける。どちらからともなく駆け出して、兵士に向かって拳を振るった。遠慮も躊躇もなく力強く殴り付け、次々に敵を伸していくが、あちらもかなりの数の兵士を連れてきているようで中々数が減らず、宗像へたどり着くことができない。
人並み以上に体力があるとは思っているが、無尽蔵にあるわけではない。肩で大きく息をしながら、向かってきた兵士の攻撃を後ろに下がって避けようとした。
「ぁっ……」
アスカが後ろに引き下がるタイミングを狙っていたらしい。羽交い締めにされ身動きがとれなくなった瞬間、頭が真っ白になった。呼吸が不自然なくらい、上手くできなくなる。
「……っ痛ぅ」
そのまま突き飛ばされ、受け身をとることもできずに冷えきったコンクリートへ叩きつけられて、痛みに呻き声が漏れる。
兵士が馬乗りになり、アスカに更に攻撃を仕掛けようと警棒を振り上げた。上手く回らぬ頭のままぼんやりと警棒を見つめる。
(そうだ……痛みは一瞬だ……)
あの時のように。耐えれば大丈夫。耐えたら大丈夫。一瞬だけだ大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫ーーぐちゃりと崩れ落ちる思考回路。どうしたって離れない錦山の影がアスカを嗤う。
歯を食いしばり、来るだろう衝撃に目を閉じた。
「ーーアスカさん!!」
鋭い声がして、アスカを押さえていた兵士の重みが消えた。がしりと腕を掴まれ、強引に立ち上がらされる。頭のもやが晴れ、アスカは我に返った。
「しっかりしてください!」
「……カッコ悪いとこ、見せちまったな……」
谷村に渇を入れられ、アスカは頭を掻きながら苦笑した。今日は調子がいいと思ったが、やっぱり拘束されるとどうにもダメだ。
「残すとこ護衛隊長と宗像だけです」
あれだけ沢山いた筈の護衛兵はヘリポートのあちこちで倒れていた。アスカが倒したのは片手ほどだったので、その半分以上は谷村が倒したことになる。内心で手助けなど要らなかったのではないかとほんのちょっと思ってしまった。
「んじゃ、ぱぱっとやっちまおうか」
たったひとりになっても宗像を守ろうとする護衛隊長の忠誠心に尊敬の念を抱く。
「単体相手なら負けねぇ!」
「ちょっと!無理しないでくださいよ!」
調子にのって握り拳を鳴らすアスカに谷村が慌てる。掴まれなければわりかし戦えるのだ。ひとりならその心配もない。
攻撃を仕掛けてきた護衛隊長を二人で迎え撃った。
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