- ナノ -

龍が如く2

17:背水之陣


真島との食事を済ませ、アスカは再び神室町に繰り出していた。爆弾事件のこともあり、閑静としていたが、水面下ではにわかに騒がしさを取り戻している。黒色の衣服を纏った人間が目につく。ジングォン派の残党だ。頭である倉橋を失ったにしては、統率がとれている。無論、それなりの規模の組織であるジングォン派が幹部の一人もいない訳もない。彼らの面倒な忠誠心は今、打倒桐生のために動いているらしい。

町のあちこちを封鎖して、怒鳴り声を上げるならず者の集団を尻目にアスカはため息をついた。その内警察が鎮圧に来るだろうが、いつになるか分かったものではない。あの暴れ方だとかなりの時間を要する筈だ。

「さて……俺はどうするかな」

残す敵は郷田龍司ただ一人。と言いたい所だが、ジングォン派の動きといい、キナ臭さを拭えない。他にまだ隠れている人間がいる気がする。しかし、無力な自分に出来ることは少ない。ジングォン派の残党を蹴散らすことさえも難しいだろう。

それでも、何かしたい。

俺は意を決して、最終決戦の舞台である建設途中の神室町ヒルズへと向かった。





自慢ではないが、潜入は得意分野だ。能力を応用すれば、人がどこにいるかが壁の向こうであっても手に取るようにわかる。神室町ヒルズ前のジングォン派の目を掻い潜り、ヒルズに潜入するのは容易かった。

神経を研ぎ澄ましながら、剥き出しの鉄骨の足場を忍び足で進む。工事用エレベーターもあったが、気取られるためスルーして階段を上がった。上に向かうにつれ、複数人の怒声と銃声が大きく鮮明に聴こえてくる。心臓が恐怖に戦いて、不安定に脈打つ。

──大丈夫、平気だ。

そう自分に言い聞かせて、シャツがシワばむのも構わず胸元を握り締めた。桐生を助けるためなら、たかがトラウマくらい堪えられる。暫し目を閉じて、息を吐き出した。

「……行くか」

戦いの場は近い。気を引き締めて最上階に続く階段に足を乗せた。

最後の一段を登りきった瞬間に銃声が響き渡った。建設途中の鉄筋の隙間から向き合う彼らの姿が見える。銃を持つのは近江連合の幹部の高島遼。その傍らには死んだと聞いていた東城会の五代目・寺田行雄が倒れていた。近江連合の会長である郷田も撃たれており、桐生も満身創痍のようだ。狭山は無事とはいえ、状況はよろしくない。

「──ご安心ください。私があなたの跡を継ぎます」

「そ……そんな事は……許さん!」

繰り返される銃声。凶弾を受けた郷田は血を吐き、呻く。老いた身体は限界に近いだろう。不味い状況だが、今ここでアスカが飛び出したところで返り討ちに合うだけだ。さんざ迷惑を掛けてしまったのだから、最後まで足手まといになるのは避けたい。
飛び出したい気持ちを堪えて、タイミングを見計らう。

「冥土の土産に教えましょう。私は近江連合六代目となり、東城会を傘下に収める。極道社会の全国制覇です。更にジングォン派も抑え、海外へ進出する……それが私が描いた最後の絵図です」

腹の内を明かし、高島は嘲笑った。

「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!どうしてこう人を信用するのか?……信じられん!」

「ワ、ワシは……心の底から……お前の事なんか……信じちゃいない」

寺田の声色は弱々しく、か細い。そんな寺田の横腹を蹴りつけて、「死に損ないが」と高島は鬱陶しそうに吐き捨てた。

「お前の……思った通りには……ならん……今に……分かる……!」

「全くうるさい連中だ」

最早動くことさえ出来ぬ寺田を黙らせんと、高島は引き金を引く。それでも寺田は止まらず、最期の力を振り絞るように言葉を続けた。

「き、桐生さん……あんたしか……いない……この男を倒してくれ……さ、最後に俺を……信じて……」

片手に握り締めていた爆弾の起動スイッチを震える指先で押し込み、懇願するように桐生を見つめ──そして、力尽きた。それと同時に設置されていた巨大な時限爆弾が動きだす。いかにもな赤いデジタル文字がカウントダウンを刻む。

もしあの大きさの爆弾が爆発したら、この建設現場だけでなく周囲にも大きな被害が出るだろう。が、寺田が残した感情が気に掛かる。距離があるせいでハッキリとは読み取れなかったが、何となく予想は付いた。

「ち……畜生!何て事をしてくれたんだ!この馬鹿野郎が!」

爆弾の起動に高島は取り乱し、もう動かぬ寺田へ怒りのままに銃を乱射する。その隙を狙い、狭山が警棒を片手に背後に迫ったが、高島は警棒の一閃を半身で避けるといとも容易く狭山を拘束した。

「少しでも動いたら、迷わず撃ちますよ……」

桐生も一瞬の隙に落ちていた寺田の銃を拾い構えたものの、分が悪い。睨み合う二人の間で狭山が叫んだ。

「構わないわ……撃って!!」

「薫……!」

「一馬、撃つのよ!いいから撃って!!」

駄目だ。桐生には撃てない。人を犠牲にするような真似をするわけがないのだ。桐生の人となりを知っているからこそ、アスカは苦虫を噛み潰した。

「桐生一馬……お前には撃てない。人を見殺しにできない……それがお前の弱さだ」

「……っ!」

動けぬ桐生に銃弾を浴びせ、高島は狭山の後頭部に銃口を据えた。これ以上は不味い。動けるのは自分しかいない、と震える身体を叱咤して物陰から身を乗りだそうとしたタイミングで、視界の端で誰かが身じろぎした。

桐生との戦闘で倒れていた龍司だ。全身から発される強い怒りにアスカは動きを止め、龍司を見つめた。

ゆらり、と龍司が銃を手に立ち上がる。高島が気付いた時には遅かった。乾いた破裂音が響き、弾をその身に受けた高島がたたらを踏む。怯んだ高島に追い討ちをかけるように龍司は引き金を引く。装填された弾が無くなるまで高島に撃たれようとも、ひたすらに撃ち続けた。

「裏をかかれるとは……な……」

「男はのう……馬鹿な位で丁度ええんや。ワレのような計算高い男は所詮天下など取れんのや……」

苛烈な反撃に高島は呆気なく倒れた。あれ程までの銃弾を身に受けたのだ──死んだであろう事は確認するまでもなく明らかだった。


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