龍が如く2
16:運否天賦
「──アスカちゃんはどっちや思う?俺は赤や」
「いや吾朗……そんな勘でコードの色決めるなよ……この爆弾の初手は黄色だな」
その次は緑だ。とサイコメトリーでその場に残った思念で確認しながら答える。コードの切断係の西田がペンチを片手に「えぇ!?」と戸惑いの声を上げた。緊張しているのか西田の額には玉のような汗が滲んでいる。まあ気持ちはわからなくもないが、特殊能力持ちの情報屋がいるのだからもっとどっしりと構えればいいのに。
苦笑しながら、切るのを渋る西田を促した。時限式の爆弾の数値はこうしている間にも刻一刻と減っている。
「大丈夫だって、俺を信用しろよ」
「いやだってアスカさんもちょっと爆弾に触れてるだけじゃないですかぁ!」
能力を知らない人からすればその通りではある。喚く西田の額を真島が雑にひっぱたいた。ぺちんと小気味よい音が鳴り、痛い!と抗議の声を上げながら、西田が赤くなった額を押さえる。
「なーんやねん!西田お前、アスカちゃんが信用できひんのかぁ!?」
「ええ!?当たり前じゃないですか!?初対面ですよ!?」
「組長の俺が信じとるんやでぇ!お前も信じんかい!!」
バシッともう一発。ド正論の西田と無茶振りの真島のやり取りが可笑しくて、横で聞いていた俺は思わず噴き出した。
「ハハッ!あんまり殴ってやるなって。西田くんの言うことも尤もだろ?」
けらけらと笑いながら、そう言ったのに二人から言葉が返ってこない。きょとんとして二人を見ると真島が突然「アスカちゃぁぁぁん!」と叫びだす。その大声に心臓が数センチ跳ねた。
「な、何だよ吾朗……驚かすなって……」
「久しぶりにアスカちゃんの笑顔が見れたわ。ずぅっと湿気た面しとるから心配やったんやで!」
「は?」
そんなに長らく笑っていなかっただろうか。自分ではあまり分からないが、暫くトラウマがぶり返したりと酷かったから上手く笑えていなかったのかもしれない。
頬を掻きながら「そうだったか?」と惚けると真島が力強く同意した。
「なら、吾朗のお陰だな。ありがとう」
「ヒヒヒ……この貸しは大きいでぇ?」
「参ったな……俺に返せるかなぁ……」
冗談混じりに言葉を交わす。例え貸しが返せなくたって真島は笑って許してくれるだろう。それが自然と分かるくらい真島とは長い付き合いだ。
「あの……爆弾……」
あはは、うふふ、と談笑をしていると西田の泣き出しそうな声が聞こえて思い出す。今はそんなことよりも爆弾だった。カタカタ震えている西田の手からペンチをもぎ取って、アスカは爆弾から伸びる色とりどりの配線に手を伸ばす。
「え、ちょっ……待っ……」
「大丈夫だいじょうぶ、爆発なんて俺がさせないから」
西田の制止も待たずに指先に力を込めて、アスカはコードを切断した。
◇
担当していた爆弾の解除を無事に終えた頃には辺りはすっかり明るくなっていた。水面下はともかく街がいつも通りの日常を繰り返しているという事は他の爆弾も滞りなく解除出来たのだろう。
差し込む朝日に目を細めながら、アスカは腕を伸ばし、欠伸をひとつ。昔は二徹、三徹したって平気だったのに、歳をとるごとに徹夜が苦手になってきた。
「お、アスカちゃんはおねむか?」
「バーカ、ガキ扱いすんなっての」
俺の大あくびを目撃した真島が茶化す。それに噛みつきながら、近付いてくる人影に目を向けた。大きな怪我などなく無事なその姿に俺は内心で安堵のため息をつく。
「お疲れ一馬。郷龍会は退けれたみたいだな」
「アスカも真島の兄さんも爆弾の解除してくれて助かった」
「ワシがちぃーっと本気を出せばこんなもんや」
「何言ってんだよ。勘で爆弾解除しようとしてた癖に……」
俺がいなきゃ今頃木っ端微塵に吹き飛んでたかもしれないというのにしたり顔の真島に突っ込む。あの後他の爆弾の解除にも回ったが、確かに真島の勘は95%くらいは合っていたけれども。残りの5%を補って100%にしたのは俺だということを忘れないで貰いたい。
「メシでも食いに行くか、なぁアスカちゃん」
「お、吾朗の奢り?じゃあ焼肉!焼肉がいい!」
「おう!エェで!幾らでも奢ったるわ!」
首を縦に振った真島にアスカは「やった」とガッツポーズをする。人の金で食べる肉ほど旨いものはない、と思う。西田も組長がいる手前、大人しくしているが、顔は心なしか緩んでいた。
「そや桐生チャン……」
歩き出そうとして思い出したように真島は足を止める。肩越しに振り返り、ワントーン声を低くした。
「龍司とかいう奴に負けたら承知せぇへんで。俺との勝負も残っとるんやからなぁ」
「ああ」
桐生の同意に、今度こそ真島は歩き出す。
「本音半分、心配半分ってとこか?素直じゃないよなぁ……。でもまあ……俺も無事に帰ってきてくれるって信じてるからな、一馬」
真島らしい激励にくすりと笑って、アスカも同じように桐生に声をかける。五体満足で帰ってきてくれるのが一番だが、強敵と戦いに行くのだ。無理は言わない。生きてさえいてくれればそれでいい。
脳裏に浮かんだ錦山の最期に、アスカは目を伏せた。
「あぁ。お前を一人になんかさせないさ」
「……うん」
アスカの心中を知って知らずか、桐生は穏やかに微笑んだ。桐生が言うと絶対に大丈夫だと不思議とそう思えた。小さく頷く。
「アスカちゃーーーん!はよ来んと置いてくでぇー!!!」
背後からアスカを急かす呼び声が飛んできた。振り向くと賽の河原への出入口でそわそわとして落ち着きのない真島が待っている。早く行かねば本当に置いていかれそうだ。
「……はは、じゃあまたな。全部終わったら、メシでも行こうぜ」
仕方ないなとため息混じりに笑みを浮かべる。桐生に別れの挨拶と共に次の約束を取り付け、アスカは小走りで真島のもとへと向かった。
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