- ナノ -

龍が如く2

15:雨過天晴


桐生と狭山が出ていった後、残された三人は賽の河原に留まっていた。

ジングォン派の指揮をしていた倉橋──池頻敏は死んだとはいえ、ジングォン派自体が完全に消滅した訳ではない。花屋の部下として潜り込んでいた男も取り逃した。やつらが報復にくる可能性は十二分にある。下手に街を出歩いて、また囚われのお姫様になるのはごめんだ。幸いここには寝泊まりできるスペースもあるし、真島建設のお陰でどこよりも安全といっても過言ではない。

賽の河原にあるそういう店の座敷を一室借りてアスカは身体を休めていた。元々花屋の管轄だったため話が通るのも早く、すぐに部屋を用意してもらえたのだ。

お兄さん、どうぞごゆっくりしていってくんなまし──と、廓言葉の女性に甘えて、アスカは一人ゆっくりとした時間を過ごしていた。妖しげな色の灯りさえ気にしなければそれなりに居心地の良い場所ではある。
壁を背凭れにしながら、アスカは息を吐き出した。昨日から色々ありすぎて疲れた。アスカ自身はほとんど気絶していただけとはいえ、精神的な疲労が凄い。眉間を揉み、またため息一つ。

恐怖症は仕方のない事だとはいえ、こんな事件が立て続けに起こると気が滅入る。我ながら情けなくてため息しかでない。

膝に顔を埋めて、目を閉ざす。首もとでちゃり、と音が聞こえて、思い出したようにそれを握りしめた。微かに残る想いはいつだってアスカを勇気づけてくれる。

「ったく……俺らしくなかったな、」

長い前髪をかき上げて、アスカは襖の向こうからずかずかと大股で近付いてくる気配を感じて立ち上がった。

「アスカチャーン!生きとるかぁ!?」

スパァーンと勢いよくスライドさせて、開口一番生死の確認をしてくる侵入者にアスカは苦笑を浮かべる。返事の代わりにヒラヒラと手を振って答えると真島は満足そうに頷いた。

「それで……どうかしたのか?」

「桐生チャンが何や困っとるみたいやから助けに行こう思てな……アスカチャンも来るやろ?」

「おう、当然」

二つ返事で同意する。俺がこんなでも絶対に除け者にしたりしない真島が好きだ。本人にそのつもりは無くともこうして声をかけてくれるだけでありがたい。

真島と共に部屋を出て、賽の河原の奥の館に移動した。大理石の敷き詰められた床に、その奥には熱帯魚が優雅に泳ぐ大水槽。見るからに金の掛かっているだろう一室の中央で彼らが深刻そうな顔で向き合っている。何やら仕掛けられた爆弾の処理に困っているらしい。

「揃って不景気なツラしとって……絶体絶命のピンチって感じやな?」

彼ら──桐生、伊達、花屋、大吾から発されるどんよりとした空気を真島が吹き飛ばす。ナツキも真島の後ろからひょこりと顔を出して手を振り、存在を主張する。

「真島の兄さん……アスカ……」

「ほら!邪魔や、どけどけ!」

伊達と桐生を押し退けて、真島は花屋の座るデスクに近付いた。そして唐突にデスクに向かって頭突きを始める。

ゴン、ドン、ガン──

真島のイカれっぷりは周知の事実ではあるがいきなり過ぎてついていけない。サイコメトリーで俺だけは真島のやりたいことが分かったが、何も知らない他の四人はドン引きだ。

「……止めた方がいいんじゃねぇのか?」

「あ、ああ……」

「まあどっちでも良いと思うけどな」

何で動かへんのや!と叫び激しさを増す真島を桐生と大吾が脇を抱えて止めようとしたが、真島は止まらない。高い位置から頭を思い切り打ちすえた。

「動けコラァ!動けや、このボケェ!!」

ガコン──何故衝撃で動くのかは理解出来ないが、真島の一撃でエレベーターが起動してデスクごと足場が降下する。モニターの青白い光が充満するそこは元々花屋が使っていた神室町の監視システムだ。今もきちんと起動するようで、神室町のあちこちが映し出されていた。

驚く四人を他所に真島はにまりと笑う。

「こんなこともあろうかと俺がメンテナンスしとったんや。ま、ホンマはこれでボロ儲けするつもりやったんやけどな」

これがあれば俺が探すよりも容易く爆弾の位置を特定することが出来る。爆弾の解除にも余裕が出るだろう。

「ホラ、アンタの出番やで。伝説の情報屋はん」

「おう。これなら爆弾の場所を特定できる……!」

早速花屋がモニターに集中し、爆弾の特定を始めた。花屋の手に掛かればすぐだろう。ただ数が如何せん多い。位置の特定はともかく処理には東城会の兵隊がいるとしても時間は掛かるだろうし、郷龍会の襲撃もある。それなりに事態は深刻だ。

「……俺も手伝う。少しくらい力になりたい」

戦いには参加出来ないが、爆弾の解体くらいならば出来る。こういう時に俺のサイコメトリーは役に立つ筈だ。

「だが……」

渋る桐生にアスカは力なく笑み、指先の震えを握り潰して「大丈夫だ」と答えた。恐怖心を消し去れはしないが、圧し殺すことは出来る。それに何度も桐生に助けられた。今度はアスカが助ける番だ。

「ほな、アスカちゃんは俺と爆弾解除やな……っとすまん」

いつものノリで肩を掴もうとして真島は寸前で止めた。新藤のせいで恐怖症が悪化したのを真島は分かってくれていたようだ。気を使わせてしまったことを申し訳なく思いつつ、アスカは無言で頷いた。

「だから一馬は郷龍会を頼む」

「わかった。兄さんもアスカを頼んだ」

「安心せぇや。ちゃあんと守ったる!」

爆弾の処理に守るもなにも無いとは思うのだが。過保護な二人に俺は苦笑しつつ、突っ込んだ。


「──俺はどこぞのゲームのお姫様か何かか?」




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