- ナノ -

龍が如く2

14:鳩首凝議


目を覚ました時にはジングォン派の一件は全て終わっていた。俺を誘拐したジングォン派の倉橋は死に、刑事の瓦次郎もまた相討って死んだという。伊達から事の顛末を聞いて俺は今回もまた何も出来なかったと内心で落胆した。

そして場所はミレニアムタワーから賽の河原へと移る。下手な場所にいるよりは真島建設の根城であるここの方が余程安全だ。カンコンと金属の打ち付ける音が響く工事現場でアスカは腕を軽く伸ばした。

「アスカ、怪我は大丈夫か?」

「あぁ……今回のはちょっとした打ち身と切り傷くらいだから一週間もすれば治るさ」

振り向くと同じく賽の河原に集まっていた桐生が申し訳なさそうな顔をしている。ネガティブなオーラが漂う桐生に苦笑いを浮かべた。
謝りたいのは俺の方だってのに。相変わらずこの男は自分を責めているらしい。

「一馬……俺はお前のせいで巻き込まれたなんて思ってねぇからな。寧ろ俺が足枷になっちまって悪いな」

先回りして謝罪すると、桐生はハッとして開きかけていた口を閉ざした。何も言わずとも伝わってくる。極道には似合わぬ優しい気持ち。だからこそアスカは桐生と錦山が好きになった。錦山は色々な事情で病み、歪んでしまったけれど。

ふ、と息を吐き出すように笑って、アスカは一歩前に踏み出して桐生の手をとった。不思議と桐生に触れるのは怖くない。

「助けに来てくれたろ?それだけで十分嬉しかったぜ」

な?とウィンクひとつ。釣られるように桐生もぎこちなく口角を上げた。指先から伝う感情は先程よりも明るい。俺は満足げに頷いて、桐生から手を離して背後から近づいて来ていた人物に振り返った。

「怪我したってわりにはもうピンピンしてんなぁ」

「いやいや伊達さん……肩の傷も癒えてないし、見た目よりも満身創痍だよ、俺……」

露出部分に怪我はないが、スーツの下は打ち身で真っ青だし、切り傷の包帯はまだ取れていない。満身創痍は言い過ぎだが少し身体を動かしただけでズキズキと痛むのは事実だ。よよよ、と泣き真似をしていたら「嘘つけ」と突っ込まれた。酷い。

「──と、狭山さんは初めまして。俺はアスカ」

伊達の隣でアスカを射殺す勢いで凝視してくる狭山に挨拶と共に笑顔を返す。顔を会わせたのはミレニアムタワーだが、昨日は事情聴取やら何やらで忙しく話せなかったため実質これが初対面だ。
つり上がった気の強そうな瞳に、髪は後ろできっちりと纏められている。几帳面で真面目なthe警察官といった雰囲気だ。

「あなたが……アスカなのね」

「一馬から聞いた?」

「えぇ、まあ……元情報屋だとか、当たり障りのないことくらいは……」

流石にサイコメトリーの事までは教えなかったらしい。別に言われても困るものではないが桐生の心遣いが嬉しい。

「そ。元だから情報は花屋に頼んでね──って花屋も情報収集システム破壊されたから無理なんだっけ?」

「あぁ倉橋の手下にデータベースも破壊されたからな。復旧には時間が掛かるし俺にあの場所は高すぎた」

側にいた花屋に話を振るとため息混じりに頷いた。花屋の監視システムは確かにスゴいけれど、こうなってしまうと無力だ。俺も大概だけれども。

件の人間が皆揃ったところで、伊達が一枚のディスクをポケットから取り出した。

「それは?」

「倉橋が持っていた物だ。こいつを調べれば何か分かるかもしれない」

警察が押収する前にくすねたようだ。しれっと罪を犯す元刑事を責めるつもりはないが、そろそろ伊達の立場が心配ではある。こっそりと記憶を視たが、銃殺事件の容疑者にもされていたようだし。

「で、狭山ならこれを解析出来るんじゃないかと思ってな」

「ちゃんとした機材があれば出来るけれど……」

ディスクを受け取りながら、狭山が答えた。何の記入もされていないそれは本当に情報が入っているのかも不明だ。
まずはともあれパソコンを借りなければ話は始まらない。俺は遠くで部下を扱いている真島に声を掛けた。

「吾朗!ここにパソコン置いてるか!?」

「そこの掘っ立て小屋に置いてるから好きに使ってくれや!……何やっとんねんお前!きびきび動かんかい!!」

「おー……」

アスカの声には良い顔で返事をしてくれたが、その一秒後には般若の形相で部下の尻をバットでしばいていて温度差に思わず顔がひきつった。背後からもうわぁ、という何とも言えない空気が流れてくるし、反応に困る。とりあえず半笑いで「行こっか」と皆を促して工事現場の隅に立てられた掘っ立て小屋に入った。

外観通りのボロい室内には少々似合わぬノートパソコンと黒電話がぽつんと木製の机に置かれている。狭山はすぐにそのパソコンを起動させて、ディスクを挿入した。だが、データには鍵が掛かっておりパスコードがなければ閲覧できないようで、狭山はどうにか解析しようと目にも止まらぬ速さで文字列をタイピングしていくが表情は思わしくない。

「ダメね……このマシンじゃ、パスワードを解析できないの。ちょっと特殊なアプリケーションが必要なのよ」

マシン性能が低いとどうにもならない、と狭山はディスクを抜いて、伊達へと返した。そして伊達はそのままこちらに手渡してきて「どうだ?」と問い掛けてくる。

「どうだ、とは?」

「いや……お前の能力でディスクのデータを読めたりしないのか?」

「……俺を何だと思ってんの?」

サイコメトリーで読めるのはせいぜいディスクに残された思念くらいなもので、中に入ったデータまでは無理だ。そんな事が出来るならもっとアスカはもっと凄腕の情報屋になっている。
手渡されたディスクを片手に摘まみながら、俺のことをハイテクPCか何かと勘違いしているらしい伊達をジト目で睨んだ。

「ディスクに残ってる思念も薄いし、手掛かりになりそうな事は何も読めねぇよ」

念のために確認したが、倉橋の顔やらその部下の顔やらが視えたくらいだ。うっすらと内容らしきことも聞こえた気はするが、断片的で手掛かりにはなりそうにない。

「そうか。なら警視庁はどうだ?あそこのハイテク犯罪対策室なら解析もできるだろう?」

「だが警視庁はこの一件に協力的じゃねぇからな」

名案かと思いきや、花屋のいう通り警視庁はこの件に元々協力的ではなかった上、担当が須藤の所属する四課ではなく一課に異動していて、こっそりとシステムだけ使うなんてことも出来なさそうだ。打つ手は無しかと全員の顔に諦めが浮かぶ。

「……あぁそうだ。なら府警のシステムを使えばいいじゃねぇか」

「え!?」

「そうか、その手があったか」

確かに府警にも同じシステムがある。狭山は府警所属だし、協力的でない警視庁と違って勝手にシステムを使っても怪しまれないだろう。大阪で解析を頼むと伊達に言われ、狭山は頷いたが些か歯切れが悪い。

「じゃあ、これ、狭山さんに渡しとくね」

「えぇ……」

「?」

浮かない表情の狭山にナツキは首を傾げた。こっそりと感情を読むのは悪いと思いつつも、何か元気付けられるかもしれないと然り気無く確認する──悲しみと不安と、怯え、後悔。それから、桐生への想い。

ほんの少し視えた狭山の内側。元気付けるのは俺の役目では無さそうだ。ディスクを受け取り出ていった狭山の背を見送り、桐生に目配せした。

「一馬、行ってこいよ。お前の方が適任だ」

「……あぁ」

不器用な親友の不安げな表情にアスカは苦笑いを浮かべて、ほら、とその背を促した。


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