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龍が如く2

13:真相究明


side:Kiryu

警視庁の倉橋はジングォン派の生き残りだった。昔は池頻敏と名乗っていたという。まさかそんな人間が警視庁の、それも公安に潜り込んでいたとは冗談でも笑えやしない。それどころか倉橋はアスカと伊達を人質に取り、桐生を脅してきた。近江連合の千石から遥を取り返したと思ったらこれだ。次から次へと問題が舞い込んでくる。

ただでさえアスカは先日の新藤の騒動に巻き込まれて酷い目に合っていたのに、またこんな事になってしまうなんて。自分のせいでどれだけアスカを苦しめれば済むのだろう。
あの窶れた顔、痩せ細った身体、傷だらけの指先──全部ぜんぶ、俺のせいだ。俺が傷付けたも同然だ。今回も、また。

「クソッ……!」

倉橋の要求通りに狭山と共にミレニアムタワーに向かう道中で桐生は苦々しげに歯噛みした。
遥はセレナに置いてきた。誰かに頼めれば良かったのだが、アスカも伊達も捕らえられ、真島も先日の近江連合とのドンパチで負傷していて今は誰も頼れそうになく、仕方なかったのだ。心配ではあるが連れていくよりかは安全だろう。

倉橋の手下のジングォン派を蹴散らして、花屋の新しい根城であるミレニアムタワーの五十階に足を踏み入れた。幾つものモニターが並ぶ空間の中央、普段は花屋が座るその席に倉橋が座していた。

「ようこそ……桐生さん」

「あんたが倉橋……!」

椅子を回転させこちらを振り返ると不遜な態度で桐生を見やり、倉橋はにやりと笑みを浮かべる。その姿を認めた狭山が即座に銃を構えた。

「──止せ!」

今にも撃たんとする狭山に鋭い制止が飛ぶ。声の方を振り向くとアスカ、伊達、花屋の三人と花屋の仲間のホームレスが後ろ手に縛られ、一ヶ所に纏められていた。伊達と花屋は何とか抜け出そうともがいているが、ただ一人アスカだけはぐったりと床に転がり動かない。意識がないのか、蒼い瞳は瞼に隠されている。胸が微かに上下していて生きている事は遠目からでも分かったが、その口の端から滴る赤は見逃せなかった。

「桐生、そこに爆弾が仕掛けられてる!」

「その通り」

アスカの容態は不安だが、今は目の前の倉橋をどうにかする他ない。内心で舌打ちしながら、桐生は倉橋が示した奥に目を向けた。長い髪のホームレスが掛けられた布を剥がす。タワーの上層を容易く吹き飛ばせそうな巨大な爆弾が鎮座している。下手に動けば全員が吹き飛ばされかねない。

「私をここに呼んだ理由は何なの……?」

「あなたもこの復讐劇の主役の一人だからですよ」

「この身体にジングォン派の血が流れているから……?」

狭山の問いに倉橋は淡々と答え、そしてあろうことか手を組もうと持ちかけた。

「──騙されんな!お前らと彼女を一緒にすんじゃねぇよ」

狭山が口を開くよりも前に声が割り込んでくる──瓦だ。銃を構えて倉橋を睨み付けていた。その背後にはスナック葵のママの姿もある。戸惑う狭山を無視して、瓦はじりじりと倉橋に距離を詰めていく。

「倉橋!俺はお前が日本に帰化して警視庁に入ってからずっとマークしてたんだ。だから一課を捨ててお前と同じ公安に異動した。組織を捨て、心を入れ換えているなら見逃してやろうと思ったが、お前は違った……」

「あんたの演説なんか聞きたくない!それ以上近寄ったら、このビルまるごと全員吹っ飛ぶことになりますよ!」

倉橋が徐に取り出したのはトランシーバーにもよく似た小型の機械だった。言葉通りであるならばそれは背後にある大型爆弾のスイッチなのだろう。

「押せるもんなら押してみろ」

普通ならば怯え、動きを止めただろうが、瓦は違った。表情一つ変えずに、それどころかお前にそんな度胸はない、と倉橋を煽る。

「私を見くびるな!復讐のためなら自らの命を絶つ!それがジングォン派の掟だ!」

倉橋がスイッチに目を落とした僅かな隙を瓦は見逃さず発砲した。乾いた破裂音がして、倉橋の手から爆弾のスイッチが弾き飛ばされる。焦った倉橋が取り落としたスイッチを拾い上げようとしたその瞬間、米神に瓦が銃口を押し当てた。

無駄な動きなど一つもない、鮮やかな手際だった。長年刑事をやっているだけの事はある。無力化された倉橋は悔しげに歯を食い縛り、瓦を睨む。

「何が鉄の掟だ。村井を覚えてんだろ」

村井──朴会宗。桂馬という店に潜んでいた26年前の生き残り。彼は狭山にあの日の真実を語り、自らの罪を告白し、そして死んでいった。
確かに彼はジングォン派で大小様々な罪を犯してきた。とはいえ、あんな風に死を選ぶことが正しいのか、桐生には判断出来ずにいた。

「──村井は死んだ……後はお前と大津を始末すりゃ全てが終わるんだ」

「止めろ!!」

「お前は引っ込んでろ!ここでケリをつけなきゃ、また無駄な血が流れることになるんだ……!」

今にも引き金を引いて倉橋を殺しそうな瓦を伊達が止めようとするも、瓦の意思は固い。誰も動くことが出来ない中、倉橋が口を開いた。

──自分の娘の前で、人を殺せるのかな?

からかうように告げられた言葉はこの場の動揺を誘うには十分だった。

「娘って……誰のこと?まさか……」

「そう……あなたの事ですよ……狭山薫さん」

薄く笑みを浮かべて、食い付いた狭山に答える。狭山の父は瓦──倉橋が適当についた嘘にしてはあまりに出来すぎていた。瓦の反応からもそれが真実だと明白に語られている。

「え……あなたが……私の父親なの?」

「違う!こっちへ来んな!」

狭山から問い詰められて、瓦がほんの僅かに倉橋から目を離した。注意が逸れた隙に倉橋は隠し持っていた銃を取り出し、迷うことなく発砲する。

タァン──

肩口を撃たれた瓦は銃を取り落とし、傷口を押さえて呻いた。

「我々のボスだった男の女房。鄭秀淵とこの男が引っ付いて……で、あんたが産まれた。あんたの父親は……この瓦次郎なんだよ!」

「黙れ!この野郎!!」

荒々しく身ひとつで飛びかかろうとした瓦に銃弾が襲いかかる。狙いは雑だったが、それは瓦の身体を抉った。一発、二発、三発──着実に動きを止めるために倉橋は撃ち続けた。崩れ落ちた瓦にママが駆け寄り、身体を抱える。

「俺がこの26年間どれ程辛い思いをしても耐え忍んできたのはな……今日のこの復讐のためなんだ!こいつに死んだ仲間の恨みを込めてその身体にぶち込んでやる!」

その照準の先に狭山が割り込み、銃を構えた。突然告げられた真実をまだ飲み込めていない筈なのに、狭山はしっかりとした瞳で倉橋を見据える。

「お前はジングォン派の掟に背くのか!?」

「私にはそんな掟は関係ないわ!」

なら死ね、と倉橋が人差し指に力を入れようとしたのと俺が駆け出したのはほぼ同時だった。背後で倉橋の仲間のホームレスが動いたのが分かったが、俺は信じていた。
狭山が銃口を俺の背後に向けて、俺は倉橋の腕を掴んだ。

二つの銃声が重なる。一つは床を抉り、一つは銃を弾いた。

形勢は再び逆転する。振りほどこうともがく倉橋をしっかりと掴み、押さえ込む。こいつには一発……いや、ナツキの痛みの分だけ殴らなければ気が済まない。

「もうこの街をジングォン派の好きなようにはさせねぇ……!それにアスカを巻き込みやがって……ただで済むと思うなよ!」

「面白い……お前ら、殺れ!!」

潜んでいた倉橋の手下が姿を現し、殴りかかってきた。倉橋を突き放して拳を避ける。また戦闘が始まった。

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